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RGタイムズ紙 / スポーツの秋?食欲の秋?読書の秋?……それともRGの秋?

そんな秋が来る日は……。 @2004 Alphapoint co., ltd. All Right Reserved.

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雷神家の絆 25話 高度16 「ただ突撃あるのみ」

雷神家の絆 25話 高度16 「ただ突撃あるのみ」

区切ろうか区切るまいか悩んだ結果、結局区切りませんでした。
一話最長の27kb分(一話辺り本来は20kb前後)の文書になっています。
……これでもいらないと思われるシーンを結構省いたのですが(゜∞゜:)

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<<雷神家の絆 第4部目次へ>>

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 紀元前の戦士のように、胸を激しく叩いて応えるものがいる。脚を地響きのように鳴らして返すものもいた。声に出して応と頷いたものがいた。

 ――遺憾ながら、私も諸君らの狂気が伝染したようだ。このくそったれな脳に策はないというのに、私の眼前には勝利しか見えないのだから。諸君、血路を開け。奴らの血で塗り固めた道を整然といこうではないか。諸君、1FGの価値も無い名誉の為に突き進め。諸君、我々の後ろに道はない。諸君ら狂人にもどこへ向かえばいいかは明白である。その道は眼前にのみ有り。脚を交互に前に出し、前へ、前へ、ただ突撃あるのみ、突撃あるのみである――


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雷神家の絆 25話 高度16 「ただ突撃あるのみ」


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 包囲壁を突破する為に先陣を勤めるトレーサーの格納庫やグラウンドは、まるで喧嘩をしているかのような整備士達とガンナー達の怒号が響き渡っている。 議事堂街北部基地は早くも戦場のような慌しい雰囲気を濃厚にしていた。
 その第1陣に従って、先方の突撃を前にして制圧砲撃を加える多国籍部隊砲兵中隊にセンティビートは籍を置いている。
 岩流より目立つ巨体を持つ百足の外面は、昨日とさほど変わっていない。未だにハウンドドッグ部隊による襲撃により受けた装甲の凹みは修復されていなかった。
 機体の傍にはエレン・マクレガーと、その部下であるヨシェフ・ミハロビッチが熱に取り付かれたような表情で百足に噛り付いていた。僅か一晩で中破寸前のトレーサーをたったの二人で――なおかつ満足といえない環境で動かせるようにまで持っていったのは神がかりな仕事であるといえた。彼らは出撃する寸前まで、調整を欠かすつもりはないらしい。

「曹長、雷神曹長」

 二人の整備士に心の中で最敬礼をしていた雷神に背後から声がかかる。振り向くと、そこにはニル・ストラクセン・アンダーソンが浮かない顔で立っていた。ニルは雷神の顔を認めると、直角に近い角度で礼する。

「申し訳ございませんでした。父の不手際でこのような事態になったこと、エルベンス・ストラクセン・アンダーソンILBM常務に代わりましてお詫び申し上げます」
「なに、正規の契約でもなんでもないんだ。アンダーソン伍長が謝る義理はないだろう……それに、ニルを責めたら後ろの連中に殴られそうだ」

 いつのまにそこにいたのか、イリエ・アンガス、クリル・ファクター、ネピアの03小隊隊員がニルの背後に控えている。

「その通りだ、曹長殿。アンダーソン伍長が自腹を切って、優秀なガンナーである私を雇ったのだから帳尻は充分に合うというものだよ」
「全くだぜ。一番槍を勤めるとかいう曹長の機体を護衛だなんて、とんでもない仕事を引き受けたんだから感謝してほしいもんだ」
「ようやく、03小隊復活ですね」

 イリエが笑顔で締めた。
 誰の顔にも怯えの色は見えない。僅かな時間であったが、命を預けたもの達が得る信頼感がそこにあった。

「もちろん、嫌でもセンティビート護衛にはボクもついていくからね!」

 雷神の背後からタックルをかましてマイカも割り込んできた。

「ニポポー!!」

 再会を祝うかのように、ニポポ人形は声をあげる。
 雷神は揃った面々を見渡し、不適な笑みを浮かべ満足そうに頷いた。

「隊長、挨拶頼むぜ」

 クリルが囃し立てて、全員は拝聴の体制を取った。

「ちょっくらGVWの風通しが悪いなぁ。おまえら、少しばかりどてっぱらに穴明けにいくが付き合うか?」

 応と応える声がする。

「全員、出撃準備!!03小隊、出るぞ」

 応と応える声がし、それぞれがそれぞれの持ち場へ走りさっていく。
 一人、ニルはセンティビートを見上げて、幻覚の痛みを感じ、右腕を押さえた。
 ――そう、リオリー・ドライトンの分も、私はジャン・タークを……。
 ただ呆然としていたニルの背中にイリエは手を置いて言う。

「私たちもいこっか」

 その声はニルの靄を振り払う。頭を振って、ニルは自分の頬を叩き――このらしくない動作にイリエは驚いた――前を見つめた。

「ええ、ぼやっとしてられませんわね」

 ニル・ストラクセン・アンダーソンも自らの持ち場へ駆け足で向かう。
 こうして、北部辺境基地にて03小隊は復活した。


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 久方ぶりに裾を通すガンナースーツは、まるで数十年のブランクを感じさせないほどに、彼女にフィットしていた。肌に馴染む感触は懐かしく、どこかほろ苦いものを思い出させては彼女の胸のうちを飛来していった。癖の無い、腰の上にまで届く黒髪を背中に流して、クラリサは深呼吸を一つした。

「お姉ちゃん」

 それはここ数年、毎日のように聞いていた馴染み深い声だった。服装をチェックする為に見ていた姿見越しに、ヤヨイの妹であるエステルが立っているのを確認した。

「エステル……その格好」

 ヤヨイが振り向くと、そこには胸元から中央部分が薄い青に赤のラインを基調としたガンナースーツを着ているエステルがいた。
 恥ずかしそうにはにかむエステル。

「ワタシも久しぶりに着てみちゃった。どう、似合ってるかな?」
「とても似合ってるけど……ってそうじゃなくて」

 何故、と問うのはあまりにも愚問のような気がして、ヤヨイは閉口せざるを得ない。

「ワタシ操縦は神経切れてて駄目だから無理だけど、通信関係くらいなら弄れるし、ウラさんにも許可取ったし、センティビートに、乗るよ」

 箇条書きのセリフを述べるが如く、エステルが言い切ろうとしたが、最後のほうは口が震えていた。そんないじらしい様子を見て、ヤヨイは身体が勝手に動き出し、エステルを抱きしめた。強く抱きしめ、背中をさすって頷いていた。

「無理をしないでください。こんなに震えているじゃないですか」

 ヤヨイの言葉の通り、エステルの全身は僅かに震えている。過去にトレーサー操縦において酷使されてきたエステルにとって、それは精神的外傷による恐怖を伴うものだった。
 末の妹は、姉の豊かな胸に顔を預けて目を瞑る。

「怖い、確かにちょっと怖いけど、今のワタシにはお父さんや姉さん達を失うということのほうが怖いことだから。だから、ワタシもこの手でお父さんを生かして、皆で帰りたい」

 エステルの迷いの無い目は、ただ真っ直ぐだった。レティシアが、雷神が持っているのと同質の目。2週間前まではその目を見れば、怯み戸惑うことしか出来なかったヤヨイはしなやかなに受け止め、エステルの気持ちを汲み、理解した。
 ――ああ、エステルは成長してしまったんですね。
 ヤヨイが漠然と思い浮かべた事実はかすかな痛みを伴っていた。
 身体が大きくなれば昔着ていた服が着れなくなるように、もはや成長したヤヨイの妹は元いた場所にどれだけ希おうと、収まることはできないと。
 ――ならば、せめて。

「そうですね、家族揃って帰りましょう。そして、嫌というまでご馳走をつくってあげますよ」

 ――ならば、せめて、旅立ちを祝おう。華やかに、盛大に、私たちの旅立ちを!


******************************

「閣下、先発隊発進完了しました。続いて203歩兵中隊からPS機械化歩兵部隊を進発させます」

 議事堂街北部方面基地施設において、一段高い位置にある指揮所からウラ・イートハー中将は鋼鉄の巨人達が発進するのを見届けていた。その視線は遠く彼方にあり、百足の後備はもう見えない。
 続いてPS歩兵運搬用トレーラーが300台が、蟻の群れの如く四輪駆動の車体を滑らせて発進しようとしていた。
 それは高みから、安全な位置から見下ろせば壮観な眺めだった。だからこそ、指揮官である彼女は自らを戒めなければならない。目の前に常人ならば数え切れないだけの人数を背負えるだけの器量が要求されているのだ。けして思考停止に陥って諦めてはならない立場だった。全てを判断し、その判断に基づく命令には責任が伴っているのである。
 ウラ・イートハーは最後に一つだけ、自分に私情を挟む余地を認めた。
 ――エステル、無事で帰ってきなさい。
 雷神と共にセンティビートに乗った、自分の腹心に仕立て上げようとしているニューロノイドの少女のことをウラは心中独白した。
 ただそれだけの私情が、彼女にとっては贅沢な代物だった。その後、戦いが終わる時まで、ウラ・イートハーはエステルのことを頭の片隅にも浮かべることは無かった。

「ご苦労、私もオライオン部隊の進発後に後方へつく。指揮車を用意させろ――――」

******************************


 冷え切った地において、まるで石像のようにヒュームハンター達は立ち尽くしている。西は神鋼から波線を描くようにしてサイバーメックまで長大な包囲網を敷いているというのに、多国籍部隊の目の前にいる敵の陣容は重厚であった。
 更に16日午前7時を持って、HH達は予備兵力をこの方面へ向けて、戦力の増強を図っていた。その数は大とはいえないものの、厄介なことには変わりない。レティシアのソツの無さは、無意識といえども人類にとって脅威だった。
 センティビートはその脅威を最も目の前にしていた。百足がもう数百メートルも脚を動かせば、主武装である多重ミサイル網の射程範囲に入るというところまで接近している。
 一歩、一歩突き進む度に緊張は高まり、静々と百足に付き従うトレーサーの駆動音による唸りだけが唯一の音だった。
 対照的にセンティビート内部には戦闘を前にして、独特の賑やかしさがあった。指揮所からの通信が入り、通信を担当しているエステルがブランクを感じさせない手馴れた動作で繋ぐ。

「ターク少尉、君が作ったキッカケだ。君が引鉄を引け」

 最後まで”大佐”には少尉呼ばわりをされたことに妙な感慨を抱き、雷神は了解の意を応えた。通信終了と同時にエステルは本職の通信兵顔負けの――もしかしたら、アナウンスのバイトとかもしてたかもしれないな、と雷神は思う――明晰な声で告げる。

「センティビート、射程範囲まで後10秒になります……8、7、……」

 カウントダウンの最中、雷神は辺りを見回した。中心部に座っている彼から見て、左隣には先程から滑らかに作業をこなす三女のエステルがいる。更に左手の方向に、唯一違う方向を向いて座っているのは次女のヤヨイだった。長女のマイカはモニター越しに前方をソルカノンでホバーを利かせて走っていた。
 ILBM本社近辺に構えていた一軒家と、その周辺地域以外で集合したのは初めてなのではないかと雷神は気付く。そして、それが戦場だということに妙な因果を感じていた。

「6、5……」

 カウントは淀みなく続く。
 ヤヨイ――クラリサは何かに取り付かれたようにコンソールパネルを叩き、に流れる文字列を目で追い、処理していた。ある種の感情を込めるピアニストのように動き、鴉色の髪は跳ねては舞っていた。

「3、2、1……」

 クラリサはコンソールの上を左から右へ人差し指を滑らせた。雷神側のメインモニターには十、二十、否、三十近いターゲットカーソルが標的に対して浮かび上がる。オールグリーン――準備は成った。
 彼女達の父親は右腕を直角に曲げ、前へ向かって真っ直ぐに伸ばす。数時間前までの感傷など、もはやない。研ぎ澄まされた感覚は容赦なく、冷徹に思考を一点に絞り――目の前の敵を速やかに排除せよ――その為だけに動き出す。戦いの為に生み出されたニューロノイドよりも非常な、雷神は自ら望んで訓練したこの感覚に身を委ねた。

「撃て」

 たったそれだけの短い一言が、この戦いの引鉄となった。


******************************


 戦闘開始を告げる鐘の音が鳴る。
 センティビートの砲塔から対地ミサイルは轟音を上げ、煙を噴き上げて機体の頭上へ舞い上がった。百を数える脚を持つ機体が放った、百を超えるミサイルは弧を描き、なだらかに高度を下げて地平から数メートルというところで地面と平行になった。平行線はそれぞれの弾頭が複雑に絡み合うように曲線を描きながら、直進していく。
 HH達も二脚型――スケアクロウ、グリムロック、サイクロプスを前面に立てていた。異形の殺戮兵器は眼前の火力の存在を認めると、即座に回避行動に移ろうとした。腕を交差にして防ごうとするもの、飛び跳ねて回避を試みるもの、各々ミサイルをかわそうと動作を取った。
 この行動に対し、火矢は各々個別の生き物のように進路を変え、HH達に迫りかかる。1体1体の回避行動軌跡を全て読んでいたかのような精密な砲撃だった。
 一匹のHHに対し、3,4発のミサイルが追突し、爆発した。トレーサー並の装甲を持つHHでも、二乗三乗と膨れ上がる熱エネルギーに抗う術はなかった。語る術を持たぬHHだったが、コアごと吹き飛ばされてはどうしようもない。二十体以上の二脚型HHが瞬時に消え去り、彼らの重厚な陣容に僅かながら隙間風が吹いた。
 前を壁のように塞ぐ敵どもへ猛然と向かっていく灼熱の火弾に負けじと、鋼鉄の巨人達もセンティビートを追い越して全速力で突撃していく。
 指揮官の言葉を胸に前へ――ただ突撃あるのみ、突撃、突撃、突撃……!!
 どんな陸戦兵器よりも硬く、速い機体を駆るもの達。ガンナーである証を立てるようにトレーサーは前へ行く。障害物で前を塞がれていようと、高く飛び越えて。この兵器の前に立ちふさがるものを蹂躙せよといわんばかりに、時速120キロを超える速度で突き進む。
 各々の武器を片手に、地を蹴り、唸る機動音は鋼鉄の信仰に対する喝采の如く。
 神を信じる者、無心論者も同様に、唯一つの共通信仰を恃みに、GVW最速であろう突破機動で戦場を駆ける。
 突撃するトレーサーの背後からも祝砲より騒がしい連弾が響いた。砲兵隊による援護砲撃が間断なくHHどもの陣中に飛び込んでいった。
 サイクロプスという長距離砲撃火力を持つ兵器を目の前にしている以上、この距離での援護は危険だった。それでも砲兵は遮音ヘッドホンで耳を抑えて撃ち続ける。
 対トレーサー用の120ミリ砲が着弾する度に地を割るような音が響き、戦場は益々ロックの演奏に似たリズムを刻みはじめていた。


******************************

 
 頭が痛い。脳裏を数字が虫のように這い回るような嫌悪感が全身を駆け巡る。
 ――動かさなければいけない、指を止めたら駄目、次の発射準備をしなくては。
 魔術師と呼ばれたクラリサの能力。それは敵の行動、未来を正確に読み取るという人智の及ばぬ力だった。ただし読み取れる未来は数秒に限り、連続して予測することは出来ない為に白兵戦には向いていない。
 これにより、雷神がハウンドドッグに対しては命中させることのできなかった弾を、クラリサはほぼ全弾HHにぶつけることが出来た。避けようの無い長距離砲撃ほど恐ろしいものはないだろう。雷神家の次女は「悲劇の日」におけるセンティビートの脅威を再現していたといっていい。
 その異常な情報量を彼女は一人の身で処理し続けていた。時計の針が一つ進むたびに頭痛は酷くなっていく。顔は苦痛の為に醜く歪み、鬼気迫る表情でクラリサはモニターを睨み続けていた。額には滝のように汗が流れ、顎を伝って雫が彼女の膝へ、コンソールへ落ちていった。
 顔面は真っ青である。

 ――駄目……意識を失っては…………。

 苦痛から逃れる為に、意識は遠のいていた。健常な生命維持機構が恨めしい。
 ふっと意識が揺らいだ時、右手に温もりが伝わる。その温もりはクラリサの手を強く握った。

「お姉ちゃん、大丈夫!?」

 クラリサは落ちかけてなんとか掴んだ岸壁から手を離そうとしたとき、救い上げられたような想像をした。声のほうを振り向くと、そこには愛しい妹がいる――私にはもうひとつの私があったんだ。
 ”ヤヨイ”が踏みとどまるように意識を繋ぐと、大丈夫の意を伝えるように手を握り返し、離した。

「ありがとう、エステル」

 意識は以前、ノイズが走り混乱しそうになる。それでもヤヨイは感じ取れる温もりだけを頼りに数字の羅列を追う。人が一生をかけても見ることの出来ぬ数字量を、ヤヨイはたったの一人で――否、家族で処理しつづけていた。

「マスター、次弾発射用意できました!!」


******************************


 トレーサーが排気口から吐き出す熱は、寒さの為に真白の蒸気へ変わっていく。というのに、どのガンナーも極度の興奮によるものなのか、無茶な駆動の為なのか、真夏日より熱いコクピット内で汗を流していた。
 間隙が生まれたとはいえ敵に壊滅的な打撃を与えたとはいえず、HHの一斉射撃が突撃するトレーサーへ雨霰のように注がれる。

「唯一の神よ、我々の戦いぶりを照覧あれ!!」

 先陣を走る一体にはこれまで政治制約上、防衛戦に参加することが少なかった聖堂騎士団のアンゲロスがいた。ウェルニー・ドライトンは弾幕の嵐に怯むことなく敵陣へ――驚くことに、古代騎士の如く白兵戦を仕掛けた。
 鉄の塊であるアンゲロスの白兵武器であるヒートーソードを左へ一閃すると、緑のアサシンバグが叩き壊されていく。もう一発、同じ方向から叩き込むと、バグは火花を散らして爆発した。
 そうして果敢に飛び込んだものの、敵の陣地に1秒と居続けることは出来なかった。

「敵の数が多いですね……。ラミアス、これ以上前へ出れますか?」

 ウェルニーが相方のシスター服を着たニューロノイドに訊ねる。

「さすがに電撃戦で突き破るには苦しいですよ。一旦引くことを提案します、マスター」
「その答はつまらないわね……あら、援護きました。さすがジャン君!!」

 アンゲロスの背後から前へ通過するように、雷神家のヤヨイが必死で計算した軌跡を描いてミサイルが飛び交う。怒号のような爆発音の後、四方八方でヒュームハンターが四散していた。

「さて、どんどん神の敵を切り倒していきましょうか♪」

 普段の清楚な佇まいからは想像のできない過激な言葉を嬉々として言って、シスターウェルニーはフットペダルのスロットルを全快で踏みしめた。

「ちょっと、マスター。慎重にっ!?」

 急な機動に舌を噛み、ラミアスという固体名のニューロノイドはしばらく黙らざるをえなかった。

 ――おい、坊さんか尼さんかしらねえが、遅れを取るな!!
 無謀な突撃を敢行しているウェルニーが操るアンゲロスに引き摺られるように、神威、スペクター、ベリアルがいく。先鋒を走る最も無謀でありながら、技量の優れたガンナー達は正規軍所属の軍人が見れば狂気の沙汰としか言い様の無い突撃を繰り広げていた。

「ったく、アイツらは典型的なライアットガンナーだぜ」

 少々の金と傭兵の間では重要とされる指揮官推薦書――次の仕事を手に入れる際の履歴書代わりになる――を手に入れる為に参加しているようなガンナーは命が惜しくないのかと吐き捨てる。
 ライアットガンナーと呼ばれるような戦いぶりで彼らはセンティビートが広げた穴を更に拡大しにかかった。一般人にはクレイジーの意味で呼ばれ、仲間内では誉れの意味としてライアットガンナーは使われる。ウラ・イートハーが演説の際に用いた狂人という言葉は、彼女が元ガンナーであるだけに、知らぬ者が聞けば卑下してるように聞こえても、本来は褒め言葉になるのだった。
 アンゲロスについていったようなガンナー達は1対3というような、手練でも容易に同時に戦ってはいけない戦力比でも無謀に飛び込んでいく。素人でも3人集まれば、一人の達人に対抗しえるという発想を無視してのけるだけの実力、狂気、これを暴走しているといわずとして、なんといえようか。
 装甲はグリムロックのマシンガンで剥がされても退かず、サイクロプスのキャノンで右腕を弾き飛ばされても残った手で戦い続ける。素面でドラッグ、バーサーカーを撃ったかのような恐怖知らずの戦いぶりがそこにあった。
 撃てるだけの弾を撃ち、指部分パーツが捻じ切れるまで殴り続ける様は戦場を巡り伝染していく。
 まだトレーサー乗りとしての歴が浅いものですら侵される病は、黒死病よりも早く広がった。
 一つの戦場における総ライアットガンナー化現象は、一見無秩序でありながら、指揮官が一定の方向性へその暴風を向けることに成功して生み出されていた。
 後方で工兵に機雷敷設の用意をさせている歩兵大隊長エンガー・リフォルイはこの戦況を見て感嘆していた。

「見てみろ、あの戦いぶりを。あれこそライアットガンナーズというものだ。……そろそろ前が開きつつあるか、歩兵隊も身体を温めておけよ」

 PS歩兵による突破孔の維持によって、バグタイプの圧力を防ごうと、オライオン社精鋭PS歩兵部隊は制服でもあるパワードスーツを着込む。
 撤退続きであった戦況は後ろから前へ、前へ動きつつあった。
 しかし、狂気の伝染ともいえるべきライアットガンナー化現象に引き摺られている素人は多い。ただがむしゃらに突撃すれば勝てるほど戦というものは甘くはない。狂気の渦を操れるガンナーと、振り回されているだけのガンナーでは決定的な違いが出始めていた。
 ゼレイドを操る一人のガンナーがいた。多脚の特性を理解せず1機で3体以上のHHが白兵距離で待ち構えている空間に気付かぬ間に突出してしまった。興奮に身を任せたまま突撃をしてしまった結果でもあった。
 ――死ぬのか!?
 彼は血の気が退く音がし、思わず目を瞑った――ベテランならばそこで思考停止した彼を嘲笑ったかもしれない。
 サイクロプスが背後からゼレイドに殴りかかろうとした時、左肩部位を貫く弾丸があった。もはや辺り一体を破裂音が支配していた為、近距離での轟音にゼレイドのガンナーは気付かないところだった。
 よろめいたところを、今度は確実にサイクロプスの胴体を捕らえて撃破しようと射線が通過する。

「ぼさっとしてないで、後ろに下がって」

 幼い少女の声に縋り、ガンナーはゼレイドの前部部分から推進剤を吹かして、背後に距離を取った。同時に徹甲弾が残りの2体のバグタイプに降り注がれ、彼に襲い掛かってきたHHは数秒で沈黙していた。

「悪い、助かった」
「13体っと。……無茶はいいけど、諦めるのも早すぎるかな。死ぬ瞬間まで戦いのことに集中したほうがいいよ。ちなみにこのセリフ、今日で4度目」

 ホバーで進み、長身の砲を抱えている見たこともないトレーサーのガンナーは、それだけ言うと通信を一方的に終了し、向きを変えて戦いへ戻っていく。

「あんなに幼い娘までガンナーをやっているのか。俺もなんとか生き残って稼ぎを持って帰ってやるぞ」

 命を拾ったまだ未熟なガンナーに立ち止まる時間はない。
 前面敵のみの空間で、突撃することでしか彼らに生の道はなかった。僚友が朽ち果てようと、その屍を乗り越えて、ただひたすら前へ、前へ――。


**********************************


「PS歩兵全軍、出撃。ポイントX-2011に陣地を構築し、後方の正規軍0311部隊の通り道を維持せよ。いいか、ここが正念場だ。」

 ウラ・イートハーは機は熟したと見て命令を下した。
 ついにGVWで最も高給取りであり、最も有能な傭兵団オライオンを中核としたPS歩兵部隊が動き出す。
 もはやウラ・イートハーには前線の乱戦をコントロールすることは出来なかったし、後はタイミングを計って兵を投入していくだけになっていた。
 緊迫し、状況を見届けていたウラに通信兵が告げる。

「後方の砲兵部隊にバグタイプ二百が接近中。戦闘開始と同時に左翼包囲網から大回りをさせていたようです」
「護衛はどれだけいるんだ」
「センティビートに3機。他5機です」
「たったの8機か!!今、センティビートをやられるのは不味いな……リフォルイ大尉に通信を繋げ」
「了解しました」

 60秒も待たずしてエンガー・リフォルイは立体通信ビジョンに姿を現した。自ら出撃する為にパワードスーツを着込んでいるので、小柄な身体は着膨れして隠れていた。

「エンガー・リフォルイ大尉、ただいま参上いたしました」
「出撃前にすまないな、大尉。バグタイプ二百から砲兵部隊を守る為にPS歩兵をいくら割ける」
「前面の維持に兵数が相当必要ですから、三百が限界です……この数でなんとか守って見せますよ」
「よし、君がそういうのなら任せよう。必要なものはあるか?」
「臨時に塹壕を構築しますので土嚢をできるだけ用意してください」
「わかった。こちらから輜重隊に話は通しておく」
「はっ!ありがとうございます」

 こうして戦局は第2段階へ向かおうとしていた。
 センティビートの圧倒的な火力と無謀なガンナー達の突撃は続いていたが、トレーサーの燃費問題から攻勢は臨界点へ達しつつあるのである。
 ここで歩兵が戦線維持している最中に、トレーサーは次への補給を済まさなければ動き続けることはできない。暴風は勢いはすさまじいが、放出しているエネルギー量に無駄がありすぎるのだ。
 ウラが見守るモニターには詳細な被害状況が届けられている。大破、中破、中破、小破。敵を撃墜していても、被害が皆無というわけにはいかなかった。トレーサーと共にあの世へ――それが地獄か天国か、はたまた別の場所なのかは彼女にはわからない――旅立ったものも少なくない。
 中には彼女の旧知であるガンナーもいた。だが彼女は悲しまない。公人でいる限り、ウラ・イートハーは出来るだけ公平でいようとしていた。だからウラは一人の為に全て公平に忘れようとした。悼むのは全てが終わってからでいい。
 次々と流れる情報を聞き取りながら、ウラは望む声をひたすら待っていた。

 ――前線5キロ前進……砲兵部隊のほうにバグタイプ、取り付きます……

「…………敵陣貫通しました!!」

 待ち望んでいたものがついに来た。腕組みをし、待っていたウラは、その声と共に瞼を開く。拳で目の前のモニターを叩き、高らかに特徴的なメゾソプラノの声で告げる。

「X-2011ポイントに指揮車を移す。戦線構築後、正規軍0311を後備に引き連れて西へ進軍、神鋼包囲網に対して挟撃をかける……ふふ、これから忙しくなるぞ」

 狂気は英雄にも移ったのではないかと、指揮車に詰めている高級軍人は訝った。心底愉快そうに、悪党のような笑みを浮かべているウラ・イートハーは急く子供のように、言い終るやいなや一人外へ駆け出していきかねない勢いだった。
 悪癖のような興奮に身を任せ、歩兵部隊に続いてウラも走り出そうとしていた。
 ――命じた犠牲の価値など今は捨てておけ。後悔なんて暇になっていくらでも出来る。
 HHと友軍の血路を乗り越えて、多国籍部隊は全軍前進を開始した。


**********************************


 雷神家のエステルは指揮車から中継して情報連結されたデータと照らし合わせて、モニターに敵のシグナルを示す光点を確認した。

「お父さん、10時方向からバグタイプ接近。数は報告通り、195です」
「聞いてのとおりだ。こっちは前線に弾を送り続けなきゃならん、そっちだけで対処してくれ」

 雷神は背中を03小隊のトレーサーに任せていた。クリル・ファクター、ネピアは自信と実力を兼ね備えた一流のガンナーであり、不足はないと信じることができた。

「あれだけあれば、的当ての練習に不足はないではないか」
「へっ、競争でもするか?」
「ふ、望むところ。ダブルスコアで突き放してさしあげよう」
「それはこっちのセリフだぜ!」

 ネピアとクリルは儀式のように軽口を叩きあう。不慮の敵にも、まるで大胆不敵の姿勢を崩そうとしない。荒い鼻息のようにネピアのベリアルは羽状のバーニアから推進剤を軽く噴射した。
 彼らの他には正規軍の旧武装トレーサーしか砲兵部隊の護衛にはついていない。さすがに心中では決死の覚悟がなければ立ち向かえない数だった。
 ――5%くらいか、生き残れるのは。……充分だな。
 クリルはそれでも諦めることを知らない。生き残る可能性があれば、それを掴み取ればいいと考えていた時だった。

「皆さん、6時の方向から援軍です!!PS歩兵中隊が来てくれましたーーー」

 イリエ・アンガス伍長の間が抜けた声は、03小隊隊員の高まった気合を針を刺した風船より早く抜いた。
 PS歩兵は砲兵中隊とバグ集団の間に壁のような陣地防御の態勢を素早く作ると、ロケットランチャーを構えた。
 その歩兵の数を見てネピアは呟いた。

「常識的に考えて三百では足りないだろう。予備兵力を動かして残っていないのか?――とりあえず、いないよりはマシと考えてなんとかするとしようか」

 GVWの軍事常識で言えば、バグタイプ1体に対しPS歩兵は10人必要とされている。中途半端な援軍だな、とネピアが思うのも不思議ではなかった。
 二人が運搬車両からPS歩兵が降り立っているのを見届けていると、前線から1体のトレーサーがやってきた。ジェネラルをベースにしたカーキ色のボディは、ソルカノンのものだった。支援砲撃を終えて一旦帰還してきたのだろう。

「ネピアさん、クリルさん、こっちも結構楽しそうだねっ」
「マイカ君。君も撃墜競争に参加するかね?」
「えへへ、ボクが余裕で勝っちゃうと思うな。……ちょっと見てて」

 ソルカノンが両肩の砲塔を繋ぎ合わせると、機体そのものより長いライフルになった。続いてホバーモードを停止、地を掴むように足の指部分にある鉤爪で固定した。超長身ともいうべき砲筒を両腕で抱え込むようにして、狙撃の姿勢を取るソルカノン。
 電気が砲身を奔る様に地面へと流れると、瞬間的に唸りをあげ、迸る雷弾が突き抜けるようにバグの集団へ向かっていく。
 紙を破るよりも容易くバグタイプを貫通した直線は、気付けば3体のバグタイプを一撃の下に葬り去っていた。
 大きな電磁カードリッジが地面へ落ちると、ソルカノンは得意気に先端から煙の出ている砲塔をぐるりと1回廻して手元に収めた。

「これで22機っと」
「……ノーカンノーカン、こっからいこうぜ!」
「それはいい考えだな、クリル軍曹!」

 緊張感の無い戦いもここにあった。
 雷神は一喝するべきか悩んだが、苦しみ続けているヤヨイが姉の声を聞き、くすりと笑ったのを見て「こういうのもありか」と思い直したのだった。

 

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 歩兵が単身で赤いアサシンバグへ突っ込んでいく。灰色のパワードスーツに身を包んだ兵士は対トレーサー擲弾を肩に抱えていた。パワードスーツによって強化された骨格は常人には計り知れない身体能力を与えていた。PS兵が大きな足跡をつけて走破した地は後ろを顧みれば、遥か彼方にあった。
 アサシンバグは敵の存在を認めると、容赦なくグレネード弾の砲口を無謀な敵に対して向けた。
 すると、PS歩兵は敵の反射行動を認める前に左に飛び跳ねた。「ノロマめ」と呟いた声はグレネードが地面を抉り爆発した音で、発した本人にも認識することはできなかった。
 くるりと身体全体を転がした陸兵は、屈んだ姿勢のまま地を蹴って前へダッシュした。兵士はアサシンバグの手前で止まることはなく、滑り込むようにバグの真下へスライディング。意表をつかれたアサシンバグがよろめいたところを真下から頭蓋へ向けて、エンガー・リフォルイはロケット弾を放った――――。

「動け動け。車両があるとはいえ、足を使うことこそが軍人の仕事ってものよ」

 陸兵の仕事のほとんどは移動と言われている。その一般的常識を囃し立てて兵を急かす軍曹は塹壕を作り、拠点防衛の建設にせいをだしている――彼らの仕事のうち1割とされる戦闘の為に。
 パワードスーツ歩兵大隊はトレーサー機甲師団がこじ開けた間隙に進入し、東西方面から穴を塞ごうとするバグタイプとの交戦に突入しようとしていた。
 サイバーメック社のトレーサーフォルムを小型化したような、曲線が目立つパワードスーツを着て、HH用の重武装を抱えていた。総重量にすれば200キロを越すものであったが、パワードスーツが人体に与える強化骨格は、それだけの重量を軽々と扱いこなすことができた。
 エンガー・リフォルイ大尉(仮に与えられた大隊長職に対する位)は個々の技量でいえば、正規の軍人を凌駕するであろう雇われエリート歩兵を指揮していた。彼が立ち上げたオライオン社に1年勤めたという経歴があれば、どの軍隊でも軍曹以上のポジションを得ることができるだろう。隊長級ともなれば尉官級に属することも夢ではない。
 PS歩兵は押し寄せてくる敵に対して、効果的に対トレーサー用のロケットランチャーを用いて抵抗を続けている。時間をかければかけるほど、彼らは強力な陣地を工兵部隊の協力を基にしてつくりあげていた。
 ――2月16日午前11時、多国籍部隊決死の突撃は終了しようとしていた。歩兵大隊は駆けに駆けて戦線を維持し、正規軍を包囲網から脱出させることに成功し、ついでウラ・イートハーが通過した。
 5年前にウラ・イートハーが議事堂街を鉄壁の守備で防衛したのと打って代わって、神速といっても差し支えの無い用兵で多国籍部隊を動かそうとしていた。
 その流れから一人、雷神はグランドールの待つエレノア湖を目指そうとしていた……。

……to be continued


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NEXT 26話 高度17 「過去へと至る道」

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