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RGタイムズ紙 / スポーツの秋?食欲の秋?読書の秋?……それともRGの秋?

そんな秋が来る日は……。 @2004 Alphapoint co., ltd. All Right Reserved.

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雷神家の絆 23話 高度15 「鋼鉄の絆」

雷神家の絆 23話 高度15 「鋼鉄の絆」

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<<雷神家の絆 第4部目次へ>>

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 僅かに吹きぬけるような風は湖面を静かに揺らしていた。透き通るような水面を見つめて、ニューロノイドが感情一つ伺えぬ顔で、腰に手をあてて立っている。
 それだけを見ているならば、なんとも平和で穏やかな光景だった――その背後にいる紅き巨神の存在を無視できれば、の話だったが。
 GVW北部から正規軍を駆逐したグランドールとレティシアは、神鋼重工領地熱発電所の北側に位置するエレノア湖に辿り着いた。ウラ・イートハーの指令で神鋼重工第2軍が前線を下げたことによって、ようやく今回の目的地であった場所に到達したのである。もちろん、人類側はHH達がこのちっぽけな地底湖の為だけに、これだけ大掛かりな侵攻を計画したとは思いもよらない話だった。

「本当にこんなところにエルミニア文書が眠ってるっていうの?」

 レティシアはぼやいた後、しゃがみこんで湖を見つめていた。そこに幾つかの黒い影が遊泳しているのがわかる。浅い海から人類を駆逐する為に用意されたヒュームハンター「デストロイシャーク」。名前の通り、鮫の形をしたヒュームハンターだった。
 湖の底をさらっているデストロイシャークを眠そうに眺めていたレティシアだったが、通信領域の為に開かれた脳に通信が入るやいなや、右手で頭を支えた。

「議事堂街北部に連隊規模の部隊が集結中?それじゃあ、予備の部隊でしっかりと固めちゃって頂戴。最低二日持てばいいから………はぁ、独り言って虚しいわ」

 本来、人が解する言葉による通信をHH勢力は行っていない。単にレティシアが自分に対する確認の為に知っている言語で言い直しているだけなのだ。
 虚しさと腹立ち紛れにレティシアは手近なところにあった丸い石を握り、右腕を鞭のようにしならせ、横手から湖に向かって投げつけた。
 レティシアが投げた石は13回湖面を跳ね、底へ沈んでいった。


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 トレーサーという鋼鉄の信仰を揺るがす脅威にGVWが覆われていた頃、議事堂街北部基地には連隊規模――3個大隊程度――が集いつつある。これは雷神という一ガンナーの呼びかけから端を成し、ウラ・イートハー中将が議会に呼びかけて緊急時における新規編成の傭兵部隊という位置づけになっていた――裏には神鋼重工会長リュウジ・サイナンの工作があったが。

 議事堂街北部基地は常時は僅かな護衛の兵力を置いているだけの基地である。本来の目的はセントラルゲートと呼ばれている、議事堂街真上にある数十メートルに及ぶ分厚い扉が開かれ――この装置は本来内側から開くことはできないといわれている――HHが進入した際の防衛基地に指定されていた。しかし、1世紀を経ても扉は開く兆候もなく、その兵力は各地に散り散りになっていた。
 そんな議事堂街北部基地はかつて無いほど騒がしく、祭りの前準備は未だ死に対する陰気とは無縁の賑やかしさに覆われている。
 鋼鉄と錆と油、更に熱気が混じった独特な空気が立ち込める基地で、二人のガンナーが物見遊山のようにして歩いていた。

「盛大に集まってるな。これだけ所属企業がごっちゃだと爽快だぜ」
「おい、クリル軍曹。あっちに超人エンガー・リフォルイがいるではないか」
「あの超人が!?どれどれ……本当に小さいんだな」

 彼らの目先には、無謀超人と称されたエンガー・リフォルイがいた。過去にパワードスーツすら着けずに素の身体でバグタイプを3体退治したという、まるで映画のヒーローのようなタフな人物である。今はその名声の基に立ち上げた警備会社『オライオン』の社長をしていた。人々はその名声から筋骨隆々の偉丈夫を想像するのだったが、実際のエンガーは小柄であり、均整の取れた肢体から俊敏そうな印象を周囲に与えていた。
 オライオン社一つを取っても、正社員で歩兵500人以上という規模である。ウラ・イートハーが雇った――正確にはGVW政府が雇ったのだが、便宜上――これらの歩兵は、包囲網突破に重要な位置にいるといっていい。トレーサーが面を広げる突破力だとすると、機械化歩兵は広げた面を維持する為に欠かせない。
 鋼鉄の巨人ともいえる最悪の燃費を誇る兵器、トレーサーは瞬発力はあるが持久力には欠けていたからだ。
 クリル・ファクターがざっと見回しただけでも、歩兵は千を軽く超える数がいるようだ。中でもPS機械化歩兵、工兵の数からして包囲網をこじあげた後、突破孔を塞がれないように維持する役割なのだろう。
 その他にもフリーのガンナー、3企業と契約しているものの縁が薄い者からゴロツキ紛いの連中までいるという、ごった煮鍋のような様相がILBMからやってきた二人の眼前にあった。
 彼ら二人の方へと、ベースグラウンドの中央をゆっくりと歩いて近づく者がいた。
 豪奢なうねるブロンドの髪に、荒くれどもの中にいては浮いてしまうような白皙の女性はクリルの姿を認めると、口元に笑みを浮かべた。すぐ隣には三つ編を揺らしてイリエ・アンガス伍長が付き添っている。
 本来、トレーサーを持たぬ二人がここに来たのは、目の前の女性が原因であった。
 ニル・ストラクセン・アンダーソンは、雷神の放送を聴き終えた03小隊メンバーの元に現れた。冗談のような放送に呆然としていたイリエ、ネピア、クリルの質問を遮って、ニルは追い討ちをかけるように提案をした。


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「貴方達に個人的な仕事を頼みますわ。報酬は前金で2000、成功報酬は5000用意しています」

 ネピアとクリルは目を合わせ、互いに頷いた。端整な顔立ちのネピアはニルのほうに視線を変えて問う。

「内容は?」
「議事堂街北部基地にトレーサーのパーツに弾薬、そしてメカニック二人を運ぶので護衛してください」
「無論、僕らを雇うくらいなのだからトレーサーを用意してもらえるってことでいいのかね」
「修理が完了したアーケロンとベリアルを優先的に回してもらいましたわ。もうさすがに乗りなれているんじゃなくって?」
「ニル君、いってくれるじゃないか」

 この前のプラント戦において、グランドールに撃墜されたことを揶揄して嫌味のように言うニル。そんなニル・ストラクセン・アンダーソンをイリエは怪訝そうに見ていた。イリエの目には、ニルがまるで悪者”ぶって”いるように移ったからだった。
 擬態の偽悪であると見たのは、この中でもイリエしかいなかっただろう。

「ねえ、ニル。その話はサッズ専務と何か関係があるの?」
「イリエさんには関係ありませんわ…………ッツ!!」

 ぺちんと、情けない音がする。ニルが言い終える前に、イリエはニルの頬を叩いていた。イリエ・アンガスは叩いたほうの手を押さえ、叩かれたほうより痛そうに顔を歪めていた。

「……イリエさん?」
「ニル、私も雇いなさい!!……報酬は、報酬は……」

 言葉に詰まりながら、イリエはニルの瞳から視線を外さない。潤んだ瞳の奥底を覗き込むように、離さない。

「前払いで、ニル、ストラクセン、アンダーソン、に美味しいワインを、飲ませること……自己嫌悪に陥ってる時は美味しいワインで洗い流すのっ!」

 それはニル・ストラクセン・アンダーソンが友人に教えた言葉。ニルはそのことを思い出して、噴出すように笑った。そこには先程のような悪意は含まれていない泣き笑いだった。

「ワタクシがワタクシの金で美味しいワインを買って、自分で飲むのが報酬って、イリエさんは滅茶苦茶なことを言うのね」
「私こうみえても貧乏人なのよ。ニルの舌を満足させてくれるような高級ワインには手出せるわけないじゃない……相変わらずわけはわからないけれど、私はついていく」

 開き直りのような物言いのイリエ。イリエは自らの言葉どおり全てを解していたわけではなかった。むしろ、何も知らないといっていい。

「それでイリエ、報酬は何を求めるの?」

 公的な立場ではけしてなかった敬称無しの呼びかけに、イリエは暫く唸ってから、恐る恐る提案した。

「……03小隊の皆が揃った時、イリエの家にある中で一番高いワインを開けること」
「あら、それってネピア軍曹とクリル軍曹の報酬より高くつきますわね」
「おいおい、ヘタなミサイルより高いワインってどんな味がするんだよ」

 クリルが茶々を入れて、狭い部屋の中に弾けるような笑いが広がった。
 こうして話は纏まり、彼らは議事堂街へやってきたのである。
 ――センティビートの予備パーツ、弾薬、整備兵を連れて、議事堂街へ。


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雷神家の絆 23話 高度15 「鋼鉄の絆」


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 ベースグラウンドの片隅でセンティビートは修理を受けている。ハウンドドッグ部隊の奇襲を受け、自慢の砲塔郡はあちこちで潰されていた。
 集結しているトレーサーの数が多かったので、百足はトレーサードッグに入れることが出来ずに野ざらしのコンクリートの平面に置かれていたのだった。
 泥だらけのツナギを着ている女性がセンティビートに取り付いている。肩までの短い髪と、最新のスタイルなのか、自分で切ったのか定かでない、ざっくばらんに切られた前髪によって顕になっている額は汗を噴出していた。その女性がゴーグルを着けてセンティビートの下部に入り込もうとした時、声をかけたものがいた。

「よう、調子はどうだ。エレン・マクレガー」
「トレーサーに優しくない雷神さん。ご無沙汰してます」

 ILBM所属の整備技師であるエレン・マクレガーは雷神の姿を見るや、幼子のように頬を膨らませそっぽを向きながら言った。

「……なんか手厳しいな、どいつもこいつも」
「03小隊の人達はプロトタイプを手荒に扱いすぎなんです。いつもこんなボロ雑巾みたいになって帰ってきて、機体が泣いてますよよよ」

 泣き崩れる真似をしているエレン。雷神はバツが悪そうに頭をかいていた。

「おまえなぁ…そういう割に、いつも変なモンをトレーサーにひっつけてるのはどこの誰だよ……」
「雷神さんと違って、私はサラリーマンだから上の命令には逆らえないんですよーだ」
「嘘だーーッ!滅茶苦茶楽しそうに取り付けてた癖に。あれは絶対、エレンの趣味だろうが」
「うっ……そんな話はどうでもいいんですよ、一体なんの用ですか」

 整備士は形勢が不利になるや否や、口を詰まらせて話を無理やり切り替えようと試みた。あまりに洗練とは程遠いやりくちに呆れながらも、このままでは話が進まないと雷神も流れを元に戻そうとした。

「いや、そいつの整備を手伝おうと思ってな」

 何気なく雷神がそういった途端、エレンは空いた口が塞がらないという表情になる。そして溜息を一つついて、若者を諭すように――といっても、エレンは雷神より年下だったが――人差し指を立てて教えた。

「曹長殿。そんなことをしている暇があるなら、もっと娘さんと話してきなさい」

 説教を始めそうな勢いのエレン・マクレガーに――割って入るものがいた。

「そうですよ、雷神さん。時間がないのに逃げ回っていてはいけませんね」

 相変わらず櫛で梳くこととは縁の無い黒髪の少年、クライス・ベルンハーケンがスパナを片手に立っている。頬に黒い煤が一筋あるのは、彼もまたソルカノンの整備をしている為だろう。

「マイカが第52回家族会議を開催するって騒いでましたよ。議長はヤヨイさんだとか」
「げ、ヤヨイが議長の日は大変なんだよな。……すまんな、エレン。ちょっくらいってくるわ」
「休憩室の一角にいるので、お早めに」

 何が大変なのかを聞く間もなく、クライスの声を背に雷神は足早に基地施設の一角に去っていく。残されたクライスとエレンは白線を隔てて顔を見合わせて観察――この二人は初対面だった――していた。二人は数秒間そのままであったが、互いの黒煤だらけの身体を見て親近感が沸いたのか、緊張を緩めた。
 最初に声をかけたのはクライスのほうだった。

「そっちの整備、僕も手伝いましょうか?」
「うーん、手伝ってもらいたいのは山々なんだけど、こいつはうち――ILBM――の機密兵器だから他所の人に手いれてもらうわけにはいかないのよ」

 少年の申し出に対し、エレンは年下のクライスに申し訳なさそうにして丁寧に謝した。そう言われてクライスも気分を悪くすることはなかった。何故なら彼もまた、ソルカノンを他人の手に委ねるわけにはいかなかったからだ。二人は本来なら持ち出し厳禁の機密兵器を整備している点では同類だった。

「クライス君……でいいのよね?ちょっとコーヒーでも入れるから、休憩しましょ。ヨシェフ、黒い箱をFCSに繋いだら小休止入れるわよ」
「了解ッス」

 ヨシェフと呼ばれたエレンの部下である整備師は重たそうに、黒い箱をカートで引いている。その箱は雷神家のヤヨイが議事堂街のセーフハウスから回収した一品だった。
 エレン・マクレガーが携帯コンロの上で湯気を立てているポットを手に取ると、マグカップにインスタントコーヒーの元を最後のカスまで入れて瓶を置いた。汚れた手袋を脱ぎ捨てて、湯を注ぎ「はい、どうぞ」とクライスにマグカップを差し出すと、自身も啜るようにコーヒーを飲みだす。
 クライスは取ったカップに手をつけることなく、ふと疑問に思ったことをエレンにぶつけてみることにした。

「結局、なんで雷神さんは何もいわずにこいつで出ていったんでしょうね」
「そりゃ、少年」

 自明のことを若者に教え諭すように――今度こそは紛うことなしに年下だった――人差し指を立てて続ける。

「雷神さんって押しに弱いからね。こんなことを話して、目に入れても痛くないほど可愛がってる娘さん達に押し切られるまま、危ないとこについてこられては拙いと思ったに違いないわねー。――どんなガンナーも嫌がる変な互換性チェックもままならないパーツを、無理やり押し通してつけさせて実験してた私が言うんだから間違いないってものよ!」
「はぁ」
「ま、クライス君にもすぐわかるよ」

 ソレ、と言ってエレンが立てていた指を慎重にセンティビートに運んでいるヨシェフに差し――

「ソレだって、次女のお嬢さんが火器管制に繋げっていうからやってるけど――あ、これは本社に内緒ね――雷神さんには承諾取ってないもの。どうせ押し切られて、付けるハメになるんだから、わざわざ取る必要もないかな~ってこと」

 したり顔で語るエレンを横目にし「そんなもんなのかな」とクライスが疑問に思っていたことは半時間もせぬうちに証明されることになるのだった――――


*******************************


 ――その半時間の話は現在、始まろうとしている。

 被告人席を取り囲むように、3つの椅子が配置されている。裁判のような空間を作り出す為に、休憩所の机は壁際に寄せられていた。ぽかりと空いた空間の真ん中に当たる椅子には、判事たる黒髪の女性が微笑を携えて淑やかに座っていた――目は全く笑っていないのが不気味だった。
 判事から見て右手には陪審員か、又は検事のようなするどい目つきで被告人を睨んでいる、髪を左右で纏め、背中を超える長さで垂らしている少女がいた。スーツ姿のせいか、仕事の出来る女という印象を被告人に与えていた。
 ガンナースーツを着た、左手の弁護人となる位置にいる少女は腕を組んでいる――他の二人と同様の雰囲気であることから、彼女にも弁護は期待できないであろう。
 哀れな被告人は両手を膝の上に乗せ、前屈みで俯いていた。もはや裁判のような公平さは期待できず、ここにあるのはリンチのような悲惨さのみだった。

「さて、お父さん」

 中央に位置する議長はそう言って切り出すと、ジーンズの左ポケットから淵は赤く、全体的に白く四角い――煙草の箱を取り出して前に突き出す。

「この煙草に見覚えがありますね?」

 被告人は咄嗟にとぼけようとしたが、それは陪審員達に対する心象を悪くしかねないと思い直し、素直に「ああ」と答えた。
 すると黒髪の判事は箱を逆さまにし、煙草を全て手のひらに収める。彼女の手のひらには2本の煙草があった。

「家族法12条特例付属第3項に、管理者の許可無く煙草を1日1本を超える数を消費することは固く禁ずる。とあります……6日前、管理人代理である姉さんは被告人に1箱を新しく渡したということですが、間違いありませんか?」

 促されて、左手にいた小さな少女は立ち上がり、途絶えないように明晰に答える。

「間違いありません」
「ありがとうございます。無論、皆さんもご存知のように1箱は1ダース12本の煙草が入っています。6日経過しているのであれば、12マイナス6でこの箱には6本の煙草が残っているはずです」

 ――判事というより、ヤヨイのやつが検事じゃないか。
 被告人は額に一筋の汗がつたうのを意識し、理不尽にたいして憤った。
 議長から見て右手にいるスーツの少女が被りを振り、被告人を嘲笑った。

「こんな茶番はもう充分よ。さっさと判決を出してしまいましょう――ギルティ?オアノットギルティ?」
「ギルティ」
「ギルティ」

 全くもって公平な多数決により、罪は認められた。彼はこれからその罪を償わなくてはならないのだろう。被告人は深く項垂れて、拳を握り締めた。
 次女は煙草を無残にもゴミ箱に放り――罪状、1週間禁煙の刑――また椅子に座りなおして、残酷な一言を言い放った。

「さて、次の議題ですが」
「まだあるのかぁぁああああああああああ!!」

 裁判という名の公開処刑は、被告人にとっては数時間もの長さに感じられるように続く。あまりのむごたらしさに、周りにいた龍之介は目を逸らし、命じられるままセンティビートに積んでいたカートン単位の煙草をそっと処分した。


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 公開処刑が続いていた頃、議事堂街北部基地の司令室において二人の女性が向かい合っていた。
 片方は直接、多国籍部隊の指揮を取ることになったウラ・イートハー中将だった。ウラは応接用のソファーを客人勧めてから、近くの侍従にお茶を持ってくるように命じてから自分も対面に座った。

「まさか、聖堂騎士団――テンプルナイツが参加するとは思ってもいなかった。司令官として感謝させてください、ドライトン副長」

 ウェルニー・ドライトンは肌の露出の少ないシスター服が似合う清楚さで、静かに言う。

「神のお導きに従っただけです。けして世俗の軍需企業に力を貸すわけではありません」
「無論、そのことは充分理解している。ただ我々は眠っている戦力を出来るだけここに集めておきたいのだから、1個中隊規模の派遣は目的が何であれ、ありがたい話なのだよ」
「イートハー閣下、公的な挨拶はこれまでにさせてください。私、あまり堅苦しいのは好きじゃないので」

 聖職者にしては軽いな、とウラ・イートハーが関心していると「失礼します」の声と共に扉が開き、侍従が盆を片手に部屋に入ってきた。担当侍従の少年はカップをはじめにウェルニーへ、次にウラの前へ置き、一礼をして去っていった。
 客がふわりと香る紅茶に一口つけると、ウラは切り出した。

「そういえば貴方はジャン・ターク少尉――おっと、今は少尉ではなかったな――の義理姉にあたると聞いているが」
「はい、あまり長い付き合いとはいえませんが。彼は13歳の時にうちにやってきました。父がほとんど家にいなかった関係から女だけの家でしたので、それは可愛がったものです……ジャンはもっぱら同じ歳のリオリーと遊んでいましたけどね」

 当時を思い出してうっとりとするウェルニー。ウラ・イートハーが耳を傾けるに、当時のジャン・タークはよほど可愛かったと力説しだす始末である。苦笑をしながら、ウラはシスターの思い出に耳を傾けていた。

「それがリオリーと結婚する、とか言い出した時にはとんでもなくでかくなっていて……ごめんなさい、こんな話を聞いてもしょうがないですよね」
「いや、構わないよ。実に興味深い話だった」

 ウラは誠実に世辞で流し、エレン・マクレガーが入れたような安物のインスタントとは別の上物コーヒーが注がれている陶磁器を置いて話を切り替えようと、シスターに一つ質問をした。

「ジャン・タークはシスタードライトンの目から見て、どう変わったと見えるかな?」
「単純に力が、という意味ではないのですけど、強くなりましたね。ILBMの新兵器を奪って指名手配犯になるような胆力のある子だとは思っていなかったので。私が神の信仰を守るという想いで力を得ているのと同様に、ジャンも守るべきものがココに――ウェルニーは自らの心蔵を差して――できたのでしょう、ただし」

 ウェルニーは睫をふるわせ、視線を下に置く。ここでカップにまた一口付け、間をしばし置いた。時計の針音が気になる時間が続いた後、シスターはまたゆっくりと口を開いた。

「どうも守るべき者の為に、持つもの全てを犠牲に捧げてしまうような――自分の命に対する諦観という危うさも見え隠れしているようで……それがあのニューロノイドの娘達の為なのか、はたまた別にあるのかは私にはわかりません」
「ふむ……確かに危険な橋を渡りすぎているようだが」
「自分が生きなければ、守るべき者にとっても意味がないということに気付いてくれればいいんですけど、その役目はあの娘達に任せました」

 少々悔しそうにシスターは締めくくった。
 ウラ・イートハーはその話を聞き、無い髭をさするように下顎を撫でて考えていた。
 ――なるほど。ジャン・タークに頼りすぎるのも危険か。
 指揮官として、世間の評判に違わず彼女は優秀である。優秀であると評される為に、部隊を脅かす危険因子は極力排しようと考えている。それは雷神というガンナーに対しても例外ではない。雷神が破滅願望に流されるようであれば、遠慮なく見捨てざるを得ないだろう。それが大佐から中将へと位を得た女が身に着けねばならなかった多数を守る為の非常さだった。
 二人ともカップを空にした頃、室内に内線が入る。ウラは「失礼」と一言声をかけ、内線を即座に取ると、険しい表情に変わっていくのをウェルニーは見ていた。受話器を置いた後、ウラを構成する周囲の空気は一変していた。

「すまないな、シスター。もう時間はさほど残されていないようだ……後、1日は集結を待ちたかったが、甘かったな」

 ウラ・イートハーが受け取った連絡は、彼女の部下であるオイラー大佐の悲鳴だった。ついに神鋼方面は最終防衛ラインまで撤退し、本社からそう遠くない場所で激戦を繰り広げているという。
 ――15日午後11時を持って、多国籍軍ウラ・イートハー中将は参謀部に早急の作戦案提出を要求。 HH達は数時間ばかりの僅かな団欒も、人類に許そうとはしなかった。


************************


 ボディーブローを打たれ続け、心身共に限界というところで、ようやく雷神は開放された。――まだ家に帰ったら続きあるんだからね!!という長女のセリフは雷神をげんなりさせたが、もはや思考は現実逃避のほうに傾いていたのでさほど問題は無い。
 外の空気を吸おうと――ポケットに隠していた最後の煙草で一服する為に、集積場の物が雑然と置いてある隙間と隙間の間に隠れようとした時、背後から声がした。

「お父さん」

 その声は雷神の脈拍を飛び跳ねるようにあげるのに効果的だった。煙草を隠しつつ――もう煙が出ているので遅すぎたが――後ろを振り向くと、ヤヨイが立っていた。

「その1本はいいですから、残りは全部出してください」

 渋々と雷神が残った片手で尻ポケットから3本、裾2本、胸ポケット1本の煙草を取り出して渡すと、ヤヨイはその煙草を見たまま動かない。雷神は疑問に思っていると――おかしいな、規律に厳格なヤヨイが1本でも見逃してくれるなんて――壁に背を預け、ヤヨイは俯いていた。

「どうした?」

 自発的に――多少名残惜しそうに、手に持っていた煙草を携帯灰皿に押し付けて処理する雷神。その様子を何度か盗み見るように視線を移して、ヤヨイは口を開いた。

「私たちに黙って家を出たのは……もうあの家には帰ってこないつもりだったんですか」

 雷神は答えない。ただ自分の娘の瞳を見つめて逸らさぬまま、沈黙を守っている。その沈黙は雄弁にヤヨイに対して語っていた。

「私、神鋼重工で全てを知りました。お父さんがクラリネット・タークの息子ではないこと、レティシアに拾われて育てられたこと、そして5年前のこと」

 地熱発電所が稼動していない影響か、温度が保てなくなっているようだ。ヤヨイが訥々と語る際に漏れ出る白い吐息から、身震いするような寒気が雷神を覆う。

「ジャン・タークがレティシアをあの巨神から引き摺り降ろす為に、センティビートを奪ったということも……」

 ヤヨイがアジアタウンでレティシアと再会し、紐解いた5年前の悲劇の日についてのレポート「386資料」は外面での出来事をほぼ正確に記録していた。
 ”彼の娘”は畳み掛けるように続ける。

「レティシアはトレーサーに乗っている限り……無敵です。例えセンティビートで単身向かったところで、貴方に勝ち目はありません」

 絶対の負けを宣告された男は、次女に己の分厚い軍用コートをそっと背にかけた。話に耳を傾けている証左といわんばかりに。ティーシャツにパンツルックという身軽な旅装の為、肌が冷え切っていたヤヨイには、心地よい温もりが体中に広がっていくのを感じていた。彼女の赤みの差す頬は艶やかで、目の端に雫を湛えていた。
 雷神は指をヤヨイの目の端にそっとあて、涙をふき取り、ようやく重々しく口を開いた。

「わかってる。それでもいかなきゃならないんだ」

 ――やはり、この人は破滅に突き進もうとしている。ヤヨイも気付き、ウェルニー・ドライトンやウラ・イートハーが危惧していたものがそこにあった。
 ヤヨイはトレンチコートの裾を強く握り、叫んだ。

「駄目です!!……マイカ姉さんには、お父さんが必要なんですよ」
「おまえ達はもう充分一人で立てる。例え俺がいなくなっても、始めは辛いかもしれないが歩いていけるさ」
「お父さんはわかってない……わかってない…確かに、私やエステルはそうかもしれないけれど、マイカ姉さんだけは違うんです」

 雷神のシャツを掴み、ついに溢れ出た涙に構わず、ヤヨイは頭一つ分高い雷神を見上げて睨み、迸る感情を必死に制御するかのように叫んだ。

「私とエステルにとって、お父さんがいなくなれば、悲しいけれど、いつかは感情に整理をつけることもできます……でも、マイカ姉さんにとっては貴方は”マスター”なのです。わかりますか?ニューロノイドにとって、マスターを失うということの意味が。それは理屈や感情なんてものが及ぶ領域ではなく、自らの身体における重要な一部を永遠に喪失するということ。それに伴う尋常ではない痛み、苦しみは恐らく、マスターを失ったものにしか理解できないでしょう」

 彼女達の父はこの間、瞬きすらも忘れているかのように、けして目を逸らすことは無かった。
 見るものによっては両者の近すぎる距離に、激しい愛をぶつけあう恋人達に見えたかもしれない。しかし今、ヤヨイは愛を語り合うより切実に、確かめ合うよりも激しく、感情量が多すぎて溢れ出ているようだった。

「私も、エステルも、苦しみもがき、失った空虚な部分を抱えて生きていきました……生きているというのに無の暗闇を抱えている苦痛。私はこの生ある限り続くであろう苦痛を癒してくれたマイカ姉さんには感謝してもしたりないくらいです。そのマイカ姉さんに同じ想いをさせるというなら、例えお父さんでも許しません!!」
「……すまない。許しは請わない。それでも、ヤヨイやエステル、マイカが俺のことをそれだけ想ってくれているのと同じで、俺も母――レティシアを想っている。……それだけはわかってくれないか」

 彼は娘を拒絶した。
 ヤヨイとてわかっていたのだ。もはや、雷神が引き返すことなどないということを。雷神を慕うマイカを、そのマイカを慕うヤヨイとしてはそれでも言わずにはいられなかった。

「そういうのならば、私もセンティビートに乗ります。乗って、絶対貴方を生かして帰ります」

 涙で赤くなった目をこすって告げたヤヨイの覚悟は、朗々と聞く者の心を捕らえて離さない。それは娘の危険を第一に考えて行動してきた雷神に、否の一言を忘れさせたほどだった。
 それはマスター――クラリネット・タークにしか力を預けることのなかった彼女が、生涯において唯一度、別の人間に身を委ねた例外になる決意だった。
 雷神は真剣だった表情をふっと緩めて、ヤヨイに礼をした。

「ありがとう、魔術師クラリサ」

 何気ない一言を言い捨てて、雷神はヤヨイに背を向ける。

「……知ってたんですか」
「さて、何かいったかな」

 また一つとぼけて雷神は歩き、集積場からまだ傭兵達の喧騒がやまぬグラウンドに出ていく。お祭り騒ぎのガンナー達が景気付けに設置したキャンプファイアの燃え上がる焔が雷神の瞳に移った。
 雷神は左手を真横に伸ばし、立っていた何かの肩に手を置いた。

「泣くな、エステル。大佐に貰ったスーツが汚れるぞ」
「泣いてなんか……」
「なんとか、やれるだけのことはやってみるさ」

 雷神は壁に背を預けて泣いているエステルの顔を見ずにハンカチだけを渡すと、飛び散る火の粉のほうへ足を進める。
 ――バカッ、なんで生きて絶対帰ってくるとかいってくれないのよ。
 エステルは渡されたくたびれているハンカチで鼻をかみ、去り往く父の背中を――広くて、大きい背中を黙って見送った。


**************************


 2月16日午前6時。議事堂街北部基地のグラウンドには、昨夜の騒ぎは幻だったかのように、整然と3列縦隊10組3120人が並んでいた。その両翼を固めるようにトレーサー113機が聳え立っている。背後には火砲が50門、トレーサー援護用ヘリが20機。これが多国籍部隊の全容だった。
 その全てが中央へ向かい、敬礼をしている。彼らの視線の先には、生ける英雄が立っていた。
 ウラ・イートハーが徹夜明けなどと、誰が気付くことができただろう。一本の針金を身体に通しているような真っ直ぐの姿勢は、疲れなど微塵も感じさせない。
 彼らの将は、壇上に立ち、設置されていた拡声器を手に取った。

「ほう、これがGVWの阿呆ども全員か」

 これがウラ・イートハーの第一声だった。実に愉快そうな声色に、誰も敬礼の姿勢を崩すことは無い。それを見て取ったウラは「休め」の号令をかけた。

「さて、早速だが」

 悪魔のような笑みを浮かべて、ウラ・イートハーは告げる。

「名誉を抱いて死ぬか、震えたまま誰にも知られずに死ぬか、好きなほうを選べ」

 ウラ・イートハーが示した二択に、阿呆な狂人達は失禁しそうな恐怖と喜びを感じていた。戦いは始まろうとしている。戦士にとって、最高の舞台を整えて――――。


……to be continued


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