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RGタイムズ紙 / スポーツの秋?食欲の秋?読書の秋?……それともRGの秋?

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雷神家の絆 26話 高度17 「過去へと至る道」 その2

雷神家の絆 26話 高度17 「過去へと至る道」 その2

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<<雷神家の絆 第4部目次へ>>

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 ウェルニー・ドライトンの姿を見たのは出撃前夜、炎の下だった。燃え上がる薪を囲って踊る者、遠くから眺める者、酒を浴びるように飲む者と各々のやりかたで騒ぎ立てている。ウェルニーは雷神の姿を認めると、灰を浴びるのを厭わずに人ごみの合間を縫って近づいてきた。
 ――元気そうね、ジャン君。
 一言の挨拶を交わすだけで懐かしさがこみ上げて来る時間だった。ただそんなくすぐったいような感覚に浸ることを拒み、シスター・ウェルニーは慈悲深い笑みを月明かりに浮かべて言う。
 ――貴方が行く道は、往くも退くも救いはないでしょう。
 彼女の微笑みに救いの言葉はなかった。ただ現実を出来の悪い弟に教え諭すように語る。
 ――私が所属する教会は生命倫理に対しては保守的なのだけれど。と前置きをしてウェルニーは始めた。
 ――ニューロノイドを母と認め、娘と認め、ニューロノイドの為に命を懸けて全てを投げ打つ貴方を、人類の大半は認めようとしません。ウラ・イートハーとて貴方を理解したから手伝っているわけではなく、実利に基づいて動いているだけです。私だってリオリーを失って頭がおかしくなったのかと疑っているくらいなのですから。ジャン君、どんな人も貴方の行為を背徳的だといって非難するでしょうし、侮蔑の眼差しで石を投げつけるかもしれません……それでも貴方はこの道を往くのですか?
 道具を母と呼び、愛娘と呼んだ男に対する世間の評価をウェルニーは言う。木枯らし吹きすさぶ風のように冷たい現実だった。
 しかし、ジャン・タークには義姉の忠告を一笑に付すだけの決意があった。

「ウェルニー、人類の大半に認められて何になるっていうんだ。廃棄街で飢えて死にそうだった俺にメシをくれたのはニューロノイド――レティシアだった。それまで人が、俺に対価なしでパン一欠けらだって与えてくれたことはなかった。だからニューロノイドがどうだのとか、名誉がどうだのなんて関係ないんだ。ただ、救いの恩人に、育ての親に会いたいってだけだからな。実に情実篤い人間的発想だろう?……それに、俺は謂れの無い中傷罵詈雑言なんて跳ね除けてみせるよ」

 ジャンの答えを聞き、ウェルニーは満点の答えを聞いた教師のように満足気だった。
 ――そう、それならジャン君の信じる道をゆきなさい。……それにね、私も教会の中では極過激派左翼なのよ。
 俗人主義であると騙る敬虔なシスターは、目の前の男が得意とする表情でおどけた。
 ――教会の中でニューロノイドと暮らしてるのは私くらいですもの。さっきのは私の愚痴みたいなものなのかもしれないですね。……ふふっ、忘れてください。
 ――しっかしウェルニー姉さんがシスターになるなんてなぁ。若いころは神に唾吐きかけて歩いてるような尖った生き方を……ごふッ!!
 ――あら、肘がちょっとばかり突っ張っちゃったみたいです。ごめんなさい、ジャン君。
 ――ものすごく勢いのある踏み込みだったが……相変わらずのようで安心したよ。
 ――ジャン君は小さい頃はあんなに可愛かったのに。今はヤクザ者みたいな傷までつくっちゃってるし、変人扱いされてるし、終いにはお尋ね者になってるわで困ったものですね。
 ――神の僕にそこまで言われると染みるねえ。
 ――ふふっ、そうでしょう
 ウェルニーとの会話は、ジャンとリオリーが幼かった頃に戻ったような幸福感で肺が満たされるようなひと時だった。精々、親子という関係しか知らなかったジャン・タークにとって、ドライトン家で過ごした1年は初めて家族という単位に触れた時間だった。
 ウェルニー・ドライトンは大げさに胸を張って、頼もしげに――まるでリオリーのように――義弟に言った。

「貴方が進む道を、私が切り開いてみせることを約束します。神の示す道をお往きなさい、ジャン・ターク」

 これがジャン・タークが最後に聞いたシスター・ウェルニーの言葉になった。
 彼女は命を賭して交わした約束を違えることは無かったのだと、雷神はウラ・イートハーの報せで知ったのだった。


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 人を背負って歩いている為か、雷神の足取りは緩やかだった。おぶっているのは未だ意識を取り戻さないヤヨイである。その斜め後ろを合わせてエステルはついてきていた。
 3人は百足から議事堂街まで戻るという車両にヤヨイを移そうとしている最中だった。トレーサーが通り、戦いの爪痕が残っている道路はほとんど不整地状態になっており――国道はトレーサーのような重量物が高速で走行することを想定していない――一般車は通行できないためだった。ただしこれらの道はナノスキンによって時間をかければ自己修復機能を持っている代物だった。
 無事な国道まで2キロ弱の道のりを進み、もう視界には銀色の4WD車が光を反射して存在を誇示していた。
 エステルは後50メートルくらいとアタリをつけて、雷神とヤヨイの背中へ視線を移す。

「ねえお父さん」
「どうした?」

 話しかけられても歩調を変えないで3人は道を進む。雷神はけして立ち止まろうとはしなかった。エステルは仕方が無く、そのまま歩幅を調整して雷神の横に立つ。
 続いてエステルは口を開きかけたが、言葉を飲み込んで切り替えた。

「これだけ娘に迷惑かけたんだから、全部終わったらどっかつれていってよね」
「一仕事終わったら皆で旅行するのもいいかもな。たまには……」

 雷神は背負っているヤヨイを軽く上下に揺する。

「ヤヨイに財布の紐を緩めてもらって、パーッとな!」

 父は前途に困難などないかのような顔で言う。エステルは釣られるようにぎこちない笑みを浮かべた――二人とも”らしくない”反応だということには触れなかった。
 少しばかりの話が終わると、50メートルはもはやゼロに近い距離になっていた。
 雷神が車の搭乗員に挨拶を済ませると、エステルのほうを向いた。

「じゃあな、エステル。ヤヨイのことは頼んだぞ」

 エステルは言葉をかけられたことに気付いた時には、雷神の背中は遠ざかろうとしていた。かける言葉が見つからず、また寒くなったなと見当違いのことをエステルは考えていた。
 エステルは車の運転手に促されるまで雷神を見送り、議事堂街へと戻っていったのだった。


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 砲兵中隊陣地に補給部隊がトレーサーと比べれば遥かにゆっくりとした歩みで辿りついていた。補給部隊には便乗していたエレン・マクレガーがいた。

「……あれ?センティビートはどこにいるのよ」

 エレンが手を眉の上にかざして、左右を見渡しても巨体の百足は見つからない。更に整備士を3人増やして、僅かな時間でもしっかり整備させようと活きこんでいたエレンは肩透かしを食らった思いだった。そんなエレンに一人の男性――階級章を見ると、砲兵中隊の徴兵された一兵卒らしい――が一枚のデータ片を持って話しかけてくる。

「ILBMのエレン・マクレガーさんですね? こちらをセンティビートのガンナーが貴方に渡してくれと頼まれました」
「はい、そうですけど……センティビートがどこにいったのかわかりませんか?」
「わかりませんが、向かった方角的には本隊に合流しようとしてるのではないでしょうか」

 釈然としないものを抱えて、エレンは礼を一つしてデータ片を受け取った。中身を確かめると、それは包囲網突破作戦におけるセンティビートの戦闘記録だった。

「これこれ、技術部が喉から手が出るほど欲しがってるのよね……あら?」

 重なるようにして、もう一つのデータ片があるのにエレンは気付いた。
 そのデータ片に挟まっているメモを覗いた時、エレンの顔は青ざめていく。

「ちょっと……雷神さん、何考えているのよ。――――あー、もぅ。無線は確保できない?だったら直接前線まで行くから誰かジープ一台廻して!!」


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 ――2月16日午後3時、零下の青がGVWを覆う。
 砲兵中隊の一兵卒が言うとおり、百足が多国籍部隊を追ったのは一部事実だった。何故なら、多国籍部隊が神鋼包囲網に向かって南下したのに対し、百足は途中の分岐点で単機西へと向かったからだった。
 もはやHH達による包囲網を突破してしまえば、雷神が目標としているエレノア湖まで障害はなかった。センティビートは議事堂街北部から南西へと進路を変えて神鋼重工領に入っている。今まで百足が辿ってきた荒野と違い、ヤハタ地区と呼ばれる、サイバーメック勢力圏の境を超えた辺りはGVW名物の高層ビル群が控えていた。
 崩壊はしていないが、住民は全員避難しているので人気は皆無だった。まるで一帯がサイバーメック領にあるゴーストタウンのような雰囲気になっていた。
 百足は道路に落ちている朽ちた兵器やトレーサーの残骸らしきパーツを蹴飛ばして進んでいく。
 ヤハタ地区を西へ抜けると、そこからは鉱山地帯まで神鋼の手がかかった工場が並ぶ郊外になっている。更に西へ向かえば、レティシアがいるであろうエレノア湖まで20キロもなかった。
 疎らに建っていた工場すら見えなくなった空隙の地にセンティビートが乗り込んだ時だった。8時の方向に赤い点が一つ、低空飛行で百足へと迫っている。
 背後からの迅速な奇襲に低空強襲。どれもが雷神の近い記憶にあるものだった。

「ふん、たまにはすんなり物事が運んでくれないもんかねぇ」

 雷神は忌々しげに吐き捨てると、赤い点に向かって残っていた最後のミサイルを全て開放した。
 エレノア湖を目の前にしてバウアー・ドラッケンの執念は雷神に絡みついたのだった。


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「へっ、芸のないやつだ。あっさり見つかってくれるとはな」
「マスター、センティビートからミサイル急速接近中、回避シークエンスに入ります」
「スレイヴ、許可する。……そんなもの、こいつには当たらないってことがまだわからないのか!」

 低空をホバーで這う緋色の亀は、亀と思えぬ速さで百足に迫った。幾何学模様のようでもあり、不規則に見える軌跡でミサイルは次々にアーケロンを狙って近づいている。
 バウアーに回避を一任されたマイカは右足をアクセルスロットルからブレーキへと素早く踏み変えて微速に落としていく。
 コクピット内部で汗という汗が肌に詰まったような不快感に耐えて、マイカは機をじっと待った。
 ――もうちょっと、もうちょっと。焦らない焦らない。
 速度を落としたアーケロンを獲物に群がる蟻のようにミサイルが軌道を変えようと、僅かに頭を振ろうとした時――マイカはアクセルを一気に踏みしめる。その動きに連動して、アーケロンは噴射剤を贅沢に使用して加速した。最もミサイルが過密している部分をアーケロンは抜いていく。アーケロンに向かって収束しようとしていたミサイル群は回頭しようとした。だが、回頭する軌道が複数のミサイルと被っていた為に同士討ちをして無残に爆発したのだった。
 妙技とも言える操縦テクニックを見せ付けながら自慢もせず――彼女にとってはやりこんだゲームの技とさほど変わらない――マイカは視線を即座に遠く置いてアーケロンを見据えた。

「あれ、2射目来ないね」

 次のミサイル網も複有機思考で処理しはじめていたバウアーのマイカは、次に敵が何を考えているかを予測した。その間2秒で答えを見つけていたが、もう1秒かけて罠の可能性を考慮して、更に1秒かけて決断した。

「マスター、あれ、弾切れしてるよ」
「補給をしていないのか?……だとすればマイカ、急いで右側面に回りこめ、アレが来るぞ!!」

 このコンビは”アレ”という当人同士にしか理解できないやりとりで意思疎通を図っていた。
 マイカよりも深く罠の可能性を考慮していたバウアーだったが、ニューロノイドの意見と結論が一致したことで決心がつく。そして過去2度の戦いで、彼も百足が次に取るべき行動を明確に読み取ろうとしていた。

「了解、マスター」

 形ばかりの対空砲が回り込んでいる最中のアーケロンへ向かって弾を発射するが、現行トレーサーの中で最速の機動には掠りもしない。
 百足の右側面には、空洞が無防備に曝け出されている。その様子をバウアーは舌なめずりして歓喜した。その空洞からは左半面が陰に覆われている蒼穹の機体が姿を見せていた。

「甘い、甘すぎるぜ雷神。マイカ、砲撃用意」
「もう出来てる、マスター?」
「なら撃てッ!」

 両肩に積んでいる対重トレーサー用キャノン、レイピア砲を黒く穿たれた空間へと向けるアーケロン。バウアーの命令を受けてスレイヴは、マスターが命令確認行為を省くことを想像して即座にキャノンを発射した。


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 もはやミサイルを失った百足などハリボテに過ぎなかった。

「結局一発もアーケロンに当たらなかったな。ったく、やってくれるよ」

 雷神はついにメイン操縦すらもAIに引き渡して、搭載トレーサー格納部分に急いだ。
 格納庫への扉が横にスライドすると、そこには新品同様のブロッケンが待機している。激戦を繰り広げながらも

「一服しておくか……ってくそっ、ヤヨイに隠してたのも全部取られたんだったっけ。倹約も時によりけりだろ、畜生」

 苛立ち煙への未練を残しながら、雷神は滑るようにコクピットに乗り込んで指を動かした。各計器類チェック――ジェネレーター正常、管制機能良好、索敵レーダー作動、飛び越して戦闘モードへ移項……完了、と簡易チェックを手早く済ませた。

「内部接続、センティビートへマスター命令。格納壁を開けろ」

 接続線を通し、ヘッドホン式マイクへ音声を流す。すると反応してセンティビートの機械音声が返答した。

「声紋確認……マスター認証。メインAI、了解しました」

 外部への格納扉は先程の戦いで叩き潰された影響か、軋むような音をさせながらもなんとか開く。しかし、開いた扉の陰から死神が鎌を振り上げるようにしてレイピアの砲頭を向けている緋色の機体がいた。
 雷神は感情を閉ざして、神経をこじ開けるような想像をした。開かれた回路は無意識下の命令を身体全体に流し込んで、反射といわれている動きの統制下に入る。
 鋭い弾がレイピア砲から百足のトレーサー格納壁へ放たれ、ブロッケンの肩部分にあるマシンガンを掠めて持っていった。肩を撃たれた反動で態勢を失いつつも、ブロッケンは格納扉から脱出した。
 背後ではセンティビートを弾が貫通して悲鳴をあげていた。強化装甲も内部を射抜かれてはひとたまりも無い。大破は免れているが、エンジン出力が低下して見るからに動きが鈍っていた。
 そこでようやく雷神は閉ざしていた感覚を戻す。同時に死に対する恐怖が流れていくのを雷神は感じ取った。全身を流れている血がまるで凍りついているかのように冷たかった。
 
「禁煙バンザイ……なのか?」

 1秒遅れていただけで、センティビートからの脱出もままならなかっただろう。一服をしていれば確実に撃つ手がなかったのである。それを思うと雷神はヤヨイに感謝せずにはいられなかった。
 ただ感謝ばかりしている暇もない。センティビートの動きを封じたと見たアーケロンは、目標を明らかにブロッケンへと変えていたからである。
 雷神は息を吸い込んだ。何千回と繰り返し訓練してきたマインドセットで恐怖を取り除き、目の前の敵を撃破することに集中しながら息をゆっくりと吐き出していく。バウアーの奇襲は成功したが、戦いにケリをつけることには失敗したのだった。

「武装確認……見事なまでに近接戦闘用武装か。ショットガンと残った肩部はマシンガンと来たか。アレとは相性最悪だな」

 白兵距離に取り付かれては手も足も出ないことは、センティビートに乗って痛感したことだった。百足に搭載されているトレーサーの役割は、取り付かれた際の除去というコンセプトだったのかもしれないと雷神は予想していた。
 対空武装の極地にある兵装は圧倒的に不利なままであることを認めざるを得なかった。
 僅か20キロの距離は依然として縮まらず、雷神が気が遠くなったのだった。。


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 バウアーは数瞬の差で敵の首を捕え損ねたことは気にもしなかった。センティビートを無力化して残っているのはブロッケン1機である。機体性能を考えればアーケロンの敵ではないと見て取った。
 それにトレーサー同士の対決で決着を付けたい――生粋のガンナーからすれば百足はトレーサーではない――という思いもあった。すでにバウアー・ドラッケンの行動に当初の合理性は失われており、意地だけになっている。すでに彼の行動は戦術以下の荒くれどもの決闘にまで落ちていた。
 嬉々と戦闘狂のようにしてトレーサーを操っているバウアーを見て、依然マイカは不安でしょうがなかった。
 ――出撃の時点からおかしかったけど、いつものマスターなら諦めるかモリスンさんとイトウさんの帰還を待ったはずなのに……。
 議事堂街でソルカノンに撃墜された部下のモリスンとイトウの行方はまだわからない。バウアーの離脱が急だったのと、基地の帰還から出撃までが慌しくて確かめている暇がなかったのだ。
 アーケロンは距離を必要以上に詰めず、アウトレンジから突き刺すようにレイピアを打ち込んでいく。どれだけ昂揚していてもバウアーの隙の無い戦いぶりは健在だった。
 避けれない砲撃に対しては胴体部分への着弾を受けないように脚で受け止めたりと、ブロッケンのガンナーも並の技量ではないことを証明していた。
 それでもマイカはソルカノンのような援軍が来ない限りは時間の問題だと予測した。
 自分の技量、マスターの技量、アーケロンの機動を生かせる平坦な地形、武装と相手のと比較すれば負けるはずがないとすら確信している。否、確信していた。

「負けるはず……なかったんだけどなぁ」
「……なにいってるんだ、オマエ」
「コレ」

 マイカが溜息まじりに指差したのは計器の一つだった。

「油圧系が駄目になってる。整備不足だね」
「……冗談だろ?」

 バウアーはまるで犬が人語を介したのを目撃したかのような様だった。

「無理やり出撃するからだよ。そっか、道理で不安になるわけだ」

 呑気に構えている割に、マイカはしっかり衝撃に対してしっかりと準備していた。
 バウアーはアーケロンを受領した際に整備の不安を口にしていたくせに、すっかり忘れていたのだった。
 見る見るうちに高度を落とすアーケロン。

「あーーー、やっちまったか、ッ!」

 先程までバウアーを動かしていた熱量はどこへいったのか。抜けていた自分に呆れていると機内が揺れて舌を噛んでいた。

「じだがむよ~――っでおぞがっだね……」

 すでに衝撃に備えていたマイカは口を噤んだまま注意を促そうとして、間に合わなかった。
 バウアーは敗北感や悔しさよりも――間抜けだな、俺――と傍観者のように呟いた後、強い衝撃を受けて半ば受け入れるように意識を失った。


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 気付けばマイカが目の前に立っていた。まるで似合わない憂いを湛えた瞳に大人びた表情で俺を見つめていた。
 ――おい、初代。そんなところで何やってるんだよ。
 雰囲気のみで察するに、このマイカはあのマイカではなく、昔のマイカだった。何を言っているのか判らないかもしれないが、そういうことだ。
 ――マスターこそ、こんなところでなにしてるの?
 人一人が通るので精一杯な、窮屈で細い道にいることに俺は今更気付く。どこにいけばいいのかわからずに迷っている俺の腕を、マイカは掴んだ。俺はマイカのあどけなさが残る見た目に反して力強い握力に戸惑いながら、ただついていった。すると真っ直ぐに伸びている広い道が見える。まるで大木のように本線である幹から、分岐するように多くの枝が伸びていた。
 幹に当たる広い道に出ると、そこでようやくマイカは手を離す。
 ――過去へと至る道はそこらじゅうにあるけれど、惑わされないで。たまに振り向くのはいいけれど、戻ってきては駄目だよ。ちゃんと前を向いてみて……ほら、あの娘がいるから。
 マイカが背伸びして俺の肩を掴み、前を振り向かせる。その先には幼い顔つきのマイカが立っていた。
 ――ちゃんと二代目君と向き合ってあげて。でもボクのこと忘れたら、許さないからねッ!
 まるで全てを見透かしているようにマイカは言う。そうか、俺が百足を追っていたのは雷神への怨嗟ではなく、彼女への弔いだったのだ。こんなにも献身的に自分を慕っていた初代を守れなかったことに対する、自分への怒り、悔しさ。そういったものをセンティビートにぶつけていたにすぎないのだろう。
 それに気付いた時、ようやくマイカは知っている笑顔を見せて、俺の背中をそっと押し出す。
 ――ボクにとって貴方は全てだったけれど、貴方にとってボクは全てじゃなくていいんだよ。
 与えよ、されど求められん。ニューロノイドの聖人が聖書を作ればこんな一句があるかもしれない。俺はその想いに応えられるだけのマスターだったのか?
 俺は二代目の手を取る。全く同じ顔でも、違う温もりがあった。
 最後にもう一度振り向くとマイカはいなかった。未練たらしい自分を嘲って、隣を見ると二代目が俺の顔をまじまじと見つめている。

「行くか」

 こくりと首を振ったのを見届けて、俺は手を繋いだまま前へ一歩踏み出した。


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 ぼんやりと、ゆっくりと景色が色を取り戻す。バウアーは重い体を意識して――否、重すぎる――視線を動かす。すると猫のように寄りかかっているマイカがいた。

「どうなった?」

 バウアーは主語を省いてマイカに訊ねた。

「こっちを無視してエレノア湖方面にいっちゃったよ」
「そうか……疲れたし、帰るか」

 憑き物が落ちたような気持ちと同時に、忘れていた疲労もバウアーに押し寄せてきた。

「うん、さっき無線だけ動かして――イトウさんに迎え頼んでおいたから」
「あいつ生きてたのか。黒い悪魔よりしぶといやつだな」
「ボクのマスターほどじゃないと思うな」
「ふん……今回は悪かったよ」

 バウアーの照れたような顔に目を丸くするマイカ。そんなマイカを見てバウアーは更に恥ずかしくなっていた。

「なあ、なんか新しいゲーム機でも買って一緒にやるか。何が欲しい?」
「うーん、なんか珍しすぎて迷っちゃうな」
「たがかゲーム機だ。なんでもいいんだぞ」
「……じゃあ、ILBM製の4DOがいい!」
「4DO?聞いたことないが、ゲーム好きのお前がいうんだから面白いんだろう」
「それはもう、お墨付きだよ」

 ILBM社製の4DO――すでに絶版になっているゲーム機をムキになって探し回るマスターを想像して、マイカはほくそ笑んでいた。


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 ――2月16日午後6時。
 静寂に満ちていた湖に騒がしい闖入者がやってきた。青褐色の鋼鉄機械は全体が薄汚れており、立っているのが精一杯といった態なのに、四本の脚を必死で動かし続けている。
 ようやく一人の女を見つけて、ブロッケンは停止した。
 ――天井から灰白色の物体がゆらりと降ってくる。一粒は女の足元へ。もう一粒は女の軽やかな髪の毛に落ちて、馴染むように溶けた。
 緋色の巨神を背にした女――レティシアはただ、じっとブロッケンを見つめた。
 世界は二人を閉ざすように、深々と白銀の球を降らせていた。


 ……to be continued


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NEXT 最終話 高度18 「空の色は白く染まり」

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