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RGタイムズ紙 / スポーツの秋?食欲の秋?読書の秋?……それともRGの秋?

そんな秋が来る日は……。 @2004 Alphapoint co., ltd. All Right Reserved.

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雷神家の絆 23話 高度14-2 「失われた第二条」

雷神家の絆 23話 高度14-2 「失われた第二条」

 埃が舞い、黴臭い部屋の片隅に置いてあるには相応しくない新品のような無機物がある。あらゆる物が人の手にしばらく触れていないのに、ダンボール程度の大きさの箱だけが鈍く黒光りしていた。
 パンツルックの旅装のヤヨイがその箱を認め、近づいていく。ゆっくりと足を運び、目の前に立つと手を伸ばして、硬い箱を愛しそうに撫でた。

「またよろしくね、ビックピッグ」

 箱に親愛の情すら思わせる光景は傍目から見れば異様だっただろう。当の本人は冗談などではなく、瞳の端に涙を浮かべていたくらいだったのだが。

 この箱の正体は雷神との戦いにおいて失われた超演算処理機構を内臓した機械である。魔術師と呼ばれたニューロノイドのマジックの種――そういった意味で雷神がクラリサのことを奇術師と呼んだのは適切である――ともいえる装置だった。使い方はいろいろあるが、魔法の一つとして擬似的な短未来予測などにクラリサは用いていた。
 雷神家の一員になってからも彼女は自らの脳でもあるビックピッグを取り返すために奔走していた時期がある。必死で取り返したものの、破損部分を直すためにサラリーマンの一生に得られるであろう収入の5倍は費やしてしまった。
 この辺のエピソードは長くなるので割愛させて頂く。

「再開の挨拶は済みましたか?」

 背後にはヤヨイの保護者であるウェルニーが立っていた。聖堂騎士団のトレーサー「アンゲロス」でここまで送り届けたのは、この妙な――半日でヤヨイにとってウェルニーに対する印象は激変している――シスターだった。
 ヤヨイは振り返り、短く答えた。

「はい」
「教会も神の導きに従って、聖堂騎士団の派遣を認めました。……ふふふ、腕がなりますね」

 どこか楽しそうなシスターに呆れながらも、雷神家の次女にとってウェルニーは頼もしい存在だった。ウェルニーも意図して悲壮さを取っ払おうとしている態だった。
 持ち上げると、ずしりとしているビックピッグは限りない力を秘めているかのようだ。もう離さぬようにと、ヤヨイは抱え込むように箱を持ち歩き出す。

 暗闇の中を進んでいた彼女達にとって、最前線に近い議事堂街は比較的明るい。ヤヨイは人工灯の眩しさに目を細めながら、どんな顔で雷神を迎え入れてやろうかと胸を高鳴らせて基地へ向かったのだった。


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 2月15日も午後に差し掛かる頃、神鋼、CM管轄区域の北部に対する半包囲網は、僅か二日で戦線を30キロまで押し下げられていた。
 ウラ・イートハーは神鋼第二軍の指揮をオイラー大佐に任せて、議事堂街へ移動している。GVWの中心部である議事堂街さえ抑えておけば、どこから傭兵達が集まっても集合できる筈だった。 ――もちろん連絡線を絶たれている地域も数多あったが。
 同日午後4時にこの物語の役者達も、議事堂街北部方面駐屯基地の半径50キロ以内に集いつつあった。雷神家のエステルはウラ・イートハーの秘書のようにしてすでに基地に到着していたし、冒頭の通り、ヤヨイも議事堂街には辿り着いていた。

 人類滅亡の危機にGVW中が沈んでいたというのに、議事堂街を傭兵達は楽観的に祭りに参加するような面持ちで目指していたという。ウラ・イートハーが「救い難い変態」と称した彼らは死を恐れないわけではないが、生を転がして愉しめる程度には狂っていた。
 15日は正にこの狂人達にとって前夜祭のようなものだったのかもしれない。


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雷神家の絆 23話 高度14-2 「失われた第二条」


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 穿たれた虚無はいつの日か塞がれていた。それでもたまには古傷のように疼くこともある。

 蒸気による湿り気がねばりつくように体躯に絡まり、この戦いに相応しい闇を伴っている。黒い穴の先にはあの男が操る蒼き機体が立ちはだかっていた。四つ足が不規則に動くのを見る度に冷や汗が流れ、奴の糸に絡め取られた哀れな獲物が自分自身であることを自覚せざるを得ない。
 レーダーには背後からもトレーサーが近づきつつある――悲しいことに、味方である可能性は皆無だった――のを確認し、覚悟を決める。目の前の味方だった敵を片付けなければどうにもならないのだ。こちらのブロッケンが右肩に背負った対トレーサー砲は残弾2発。主武装のPS用機関銃はトレーサーには通用しない。
 距離は7000。こちらのセンチネル砲の射程距離にはまだ遠い。残り弾数を考えても無駄打ちできる距離ではなかった。
 高解像度カメラで確認すると、向こうのブロッケンも同様の対PSのD5型武装だ。もう千は距離を縮めなければならないと思っていた矢先だった。
 音で確認した後に、視界が認識した明滅する光に続き、硝煙が敵の砲筒から浮かぶ。
 ――この距離で打つとは、素人か?
 だとすれば僥倖。1メートル程前方下部にいるマイカに回避を任せ、どう切り抜けるか研ぎ澄ました思考を回転させる。
 右側面胴体部分の噴射口から推進剤を吐き出して、左方へ機体を回避させるマイカ。
 地面を抉り、土を跳ね飛ばす敵の砲弾を見て懸念が過ぎった。着弾位置が回避前の自機がいた位置だったからだ。つい数瞬前に楽観した自分を諌めるべきかもしれない。敵は相当の手練れだ。更にこれほどの砲撃をこなせる相手は思い当たる敵の中で一人しかいない。
 多国籍部隊同僚だったジャン・ターク少尉。ガンナーネーム雷神。ILBMに入社してから頭角を表してきた男だった。
 ジャン・ターク自身は砲手としてのセンスがあるとは言い難いが、相方のニューロノイドは動かぬ的ならば同じ武装でも20%以上外から確実に当ててくるはずだ。
 俺は可能性を秤にかけた結果、投降すべきだと判断していた。砲戦になればあのブロッケンには勝てない。逃げようにも、周りを包囲されてる以上は無駄だろう。前途は明るくないが、命までは奪われないことを期待して投降信号を出そうとした時だった。
 ――しまった!!
 目の前の砲身が揺れた。停止しようとしたブロッケンに避けられぬ容赦無い一撃が襲い掛かる。諦めていた瞬間だっただけに、身体が動かない。機体の胴体部を貫かれ、脳が次に認識した時にはコクピットに炎が渦巻いていた。


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「マスター、イトウさんから通信です……あれ、ボクの顔になにかついてる?」
「なんでもないさ。繋いでくれ」

 コンディションチェックをしていたバウアーは回想から現在へ、マイカの声に意識を向けた。視線を向けるとそこには過去と同じ少女がいた。寸部違わぬ顔のマイカ。だがそこに宿しているものはバウアーには違うことがわかっていた。

 2年前、ILBMの研究を巡って内部対立していた時期があった。バウアーは多脚複座型の研究データをトレーサーで強襲して奪う任務につき、他ならぬ雷神に遮られ失敗した。
 大破したブロッケンと共に彼は相方のニューロノイドを失い、ILBM内部でもフレイル・ザムン研究長に対立する一派に属していたことにより正規の出世ルートを絶たれたのである。
 恨んでいないといえば嘘になるが、そこに粘質的なものはけしてない。仲間だったのも選択の結果ではなく、敵だったのも意思が介在する余地はなかった。そうやって消化した事柄に、追う者と追われる者が逆転した時に変化が生じた。
 弔いや復讐というほどに大層なものではないが、しっぺ返しを食らわしてやる位の権利はあるはずだとバウアーは考えていた。
 想像外だったのは、雷神が追われていることを知っていながら例の放送を流したことだった。広域無線通信ともなれば通信元を断定するのは容易く、目的地――議事堂町北部基地――が割れていれば移動ルートも容易に判断がつく。
 プロとプロのドライな仕事だと思っていたのが、幼児のゲームに成り下がったような不愉快さがバウアーの気分を損なったのである。
 客観的に見れば勝手な言い分であるが、討たれたマイカのことを考えればバウアーにとって勝手などではなかった。弔いに相応しい仕事を求めていたといっていい。

 通信の受信スイッチを押してバウアーは腕を組んで耳を傾けていた。明晰だがまだ重みのないイトウの声がコクピットに流れる。

「観測班から狙い通りの位置にターゲットを確認。モリスン機が援護、自分のブロッケンが近接武装で撹乱。隊長のアーケロンが重火器で撃墜を狙うということでよろしいですか」
「ビンゴだな。ここで落とさないと議事堂街で補給されたら厄介だ。ただ電子妨害が充分ではないから、精度が低いとはいえ百足の誘導兵器には充分気をつけろ」
「了解しました」
「多脚白兵熟練なんて特異な部下がいて本当に助かるなぁ?イトウ軍曹」
「恐縮です、といいたいところなんですが気持ち悪いですよ、曹長殿」
「素直に受け取っとけ。他意はない」
「はっ、では失礼します」

 雷神はもはや身を隠すつもりはないと言わんばかりに一直線に議事堂街を目指している。猟犬達が一度嗅ぎ付けた獲物を見逃すような真似はしない。それが背反者ともなれば尚更である。
 興が削がれたとはいえ、バウアーは静かな興奮を胸に秘めて目を見開き宣言した。

「宜しい、裏切り者に対する粛清の時間だ。ハウンドドッグ、全員出撃せよ!!」

 通信中を示す緑のランプは赤に変わる。抗いようの無い原始の闘争を解き放ち、猟犬はジャン・タークの背に噛み付こうとしていた。


****************************


 合いも変わらず百足はゆっくりとした速度とは裏腹に、大量の足を忙しなさげに動かしている。センティビートはようやく荒野の辺境から、人の住む地の辺境へ差しかかろうとしていた。先を見通せぬ暗闇から弱々しい光を確認した時、搭乗者は人心地ついていたところであった。
 この場所は目的地である議事堂街北部基地から南西に30キロの神鋼重工領だった。ヒュームハンターが電波妨害をしていなければ通信可能の距離といってもいい。
 ――もう安心してもいいだろう。そう気を緩めかけた先に耳障りな甲高い警告音が一つ。3時方向から追いすがるように機影が4。

「この方向から来たってことは、張ってたってことか、ったく、やってくれる」

 背後から追跡していただけでは、航行速度で勝るセンティビートに追い付くことはできない。市街地を通過して先回りしていたのだろう。
 ジャンが感嘆したのは気が張っていて即座に戦闘体制に移行できる場所ではなく、議事堂街側から援護がくる可能性があるにしても遮蔽物――百足のミサイル網を回避しやすくする為――があり、気が緩む瞬間を狙って追いすがるという緻密で計算高い襲撃をバウアーが成そうとしていたことにあった。
 バウアーはこっちに長女がいないこととイニシアチブを取られていることを考慮すると、明らかに格上のガンナーであることを認めざるを得ない。

 追う者と追われる者。二つの思惑は交差して、今交わろうとしている。


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 牽制代わりのミサイル一斉射が雨のように降り注ぐ。百足に取り付こうとしているハウンドドッグのトレーサーは巧みに遮蔽物を利用し、前進の速度を緩めるようなことはなかった。
 オルクスは遮蔽物の一つに身を隠し、AMM――対誘導兵器ミサイル――により友機の進軍を援護していた。
 ――ミサイルも残り僅かか。これ以上は牽制で無駄打ちできないな。
 センティビートは無補給でここまで来ていた為に、先日ハウンドドッグと戦った時から弾薬が心もとない状況になっていた。
 無駄口を叩いている暇もなく――今回、龍之介は初めからブロッケンでスタンバイしているので聞く相手もいない――胸の裡で独白するに留めるジャン・ターク。常に後手に回っていては面白くないがどうしようもなかった。
(常に辺境で組んでいるだけに連携が巧い。勝手だらけの03小隊では太刀打ちできないだろうなぁ……)
 03小隊が精々、線と線での連携を拙くやっているとしたら、ハウンドドッグの連携はアーケロンの存在もあって面と面で繋がっているといっていい。人が常に見ているのが二次元である――二次元と二次元を組み合わせて三次元のように見ている――と考えると、三次元の認識に脳を追跡させるのは容易ではなかった。
 アーケロンに眼を取られていると、白兵距離にまで取り付いているブロッケンが死角からマシンガンで鬱陶しく小弾をばらまいてくるといった始末である。
 百足の操縦者が定員通りならば、ここまで撹乱されることもないだろう。ただ現実には独りとその他AIが操っているだけだった。
 揺れつづける機内に一つ際立った衝撃で、雷神の大きく身体が左右にぶれる。百足に取り付いたと見たオルクスが、積極的に重火砲で砲撃していた。
 反撃できないこともないが、もはや撃たれるままになっている状況を雷神は認識して、即座に艦内通信に手を伸ばす。

「おい、龍之介。さっさと出てくれ」
「これだけ揺れてりゃいわれなくても……ったくサッズには契約不履行に加えて、超過勤務を貰わないことにはやってらんねえよ」
「ぐずぐずいってねえで、さっさとしろ!」
「はいはい……あっ」

 龍之介が情けなく一言呻いた時、オルクスの火砲――スターランスから放たれた弾が百足に突き刺さるように破裂した。爆発した部位は彼らにとって厄介なことに、トレーサー格納扉だった。
 格納扉の開閉は不可能になり、二人が僅かな時間いいあっているうちに、多脚で巧妙な制圧射撃を加えてくる相手に対抗する手段を失ってしまった。結果論で考えれば、タイミングで考えて、格納扉を開いていればブロッケンは一撃の内に撃破されて、センティビートにも多大な被害が及んでいたので運は良かったといえる。それでも雷神にとっては諦めてはいないがお手上げに近くなっていた。

「バーボン、いい調子だ。スコッチは左翼の対空砲に火力を集中してくれ。指揮車、議事堂街方面からの通信は入っていないか?」
「若干不審に思っているようですが、この感じですと30分はなんとかなりそうです」
「よし、あと少しでこのデカブツも落ちるぞ。気合入れていけ!!」

 バウアーの側は油断をすれば百足の火力に一掃される恐れから、細かい指示を出し続けていた。不利な雷神側が冷や汗一つかいていないのに、バウアーは汗だくになっている有様だった。
 巧妙なアーケロンの機動を生かしての近接砲撃、ブロッケンによる近接制圧射撃、オルクスの援護砲撃。過去にトレーサー中隊と戦車大隊規模を持ってしても苦戦したセンティビートが、ただのトレーサー小隊に落とされそうになっているのだった。
(全く無様だな。あれだけ大口叩いておいて辿り着けないんじゃ格好悪すぎるぜ)
 逃げることも出来ないのでは腹をくくるしかない。諦観ではなく、徹底抗戦の構えで。
 この男は死ぬ間際でも諦め知らずであり、目の前の敵に適わないことを理解しておきながら足をすくう機会を伺っていた。過去にニル・ストラクセン・アンダーソンが異常であると感じた死に対する冷淡さは未だ彼にあった。

 その覚悟が幸を奏したのか、南方面からたったのトレーサー1機が戦域に突入したのだった。


************************************


「マイカ、レーダーにトレーサー機影が3、車両1……輸送艦サイズの識別不明機1……ビンゴかもしれないね」
「こっちからも見えてる。あのデカブツはきっとオトサンだ。クライス、通信できるかな?」
「やってみる」

 この戦場に姿を見せた1機の機影。それは雷神家のマイカが操るソルカノンだった。火砲を持つトレーサーというより、トレーサーの全長より武装のほうが大きいだけに、動く火砲のようだった。
 ヘッドホンの片側だけ耳に当て、通信機器のチャンネルを合わせているクライス。数秒後に頭を振って「駄目だ、ノイズが酷すぎる。あの戦闘指揮車両が妨害波を出してるのかもしれない」と答えた。

「どうみたってじゃれあってる様には見えないし、アーケロン、ブロッケン、オルクスを敵トレーサーと認識。戦闘状態に移行するよっ」
「異論なし。前情報からして間違いはないと思う」
「うん、じゃあフルコンバットモードに移行。マイマスター?」
「確認はいらないよ。これは君一人で動かすのだから」
「あ、そっか」

 嵌りすぎていて、いつも通りにマスターに指示を請うという慣れた過程を癖でやってしまったマイカ。雷神家の長女は若干恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
 足指の先を少しばかり動かすだけで敏感に反応するフットペダル。連動して脚部スカートに収納されている推進剤が噴出し、ホバーの要領で滑らせていく。ブロッケンとは比べ物にならない機動性に満足しながら、マイカは最も近いオルクスに近接していく。
 わざわざ近接戦を仕掛けにいくマイカを見て、機体コンセプトを設計したクライスは少々呆れていたがあえて口は出さなかった。
 オルクスを操るモリスン軍曹も、議事堂街方面からの横槍は想定していたものの、南からの援軍は想定していなかった。それに明らかに敵であるという事実の認識が遅れ、その遅れがマイカの奇襲の手助けをしていた。

「いっけえええええええええええええ!!」

 叫び声と共に更にソルカノンを加速させ、マイカは右腕のアームワーカーを引き、前に出す。ソルカノンはその動きに連動して勢いよく拳をオルクスに叩き込む。
 オルクスはよろめいたが、それ以上の追撃を許さないように砲塔をソルカノンに向けて、狙いをつけずに発射する。距離を取る為の牽制だったが、この手の動きをマイカは砲戦型ブロッケンを愛器としていただけに読みきっていた。怯むことなく屈み、鋭い動作で脚払いの要領のままオルクスをこかしたのだった。更にソルカノンは太い腕でオルクスのスターランスを圧し折ったのである。

「いっちょあがりだね」

 オルクスを無力化したと見たマイカは、それ以上かかずらうことなくセンティビートのほうへ機体を走らせた。
 オルクスを背後にした時、クライスは尋ねる。

「撃墜しておかなくていいのかい?」
「通信で確認できてないし、実は味方だったりしたら後味悪いもん」
「どっちにしろ、中の人はあれだけやられればご立腹だろうね」
「出来れば味方じゃないことを祈ってるよ……アハハ」

 マイカは乾いた笑いで誤魔化したのであった。どちらにしろオルクスが敵だと確認できていたならマイカは容赦なく破壊していただろう。この少女は根っからのガンナーであり、不殺の誓いなど立てたことは一度もなかった。ただ殺戮趣味も持ち合わせていないので生かしておいたに過ぎなかった。GVW当時の倫理観でいえば、トレーサーに乗って殺さないでくれというのは不条理であるという認識だったので、特別マイカが変なことをしているわけではなかった。
 続いてソルカノンは右肩に背負っていた120mm狙撃ライフルを脇で挟み込むようにして装備する。

「あれがILBMの新型機……あの程度なら訓練より遅いよっ!」

 バウアーのアーケロンが丁度センティビートの真上に位置した時を狙い、マイカは引き金を引く。ライフルからトレーサーの装甲ですら容易に貫く徹甲弾が射出され、アーケロンの傍を際どく通るが当たることは無かった。マイカははしたなく舌打ちをして、もう一度狙いを定める。是が非でもあれを仕留めなくては彼女のプライドは満たされないのだ。

「ヤヨイちゃんに調整してもらってないから乱数の読みを誤ったかなぁ。クライスのほうで修正お願い……ま、次で当てちゃうけど」

 傲慢で尊大であり、自信満々のマイカの様子を見て、クライス・ベルンハーケンはあまりにも愉快な気持ちにさせられている。綿密に設計した機体をまるで玩具のように扱われては、呆れを通り越して笑うしかなかったのだ。賢いクライスは先程の格闘戦も、多脚で出来なかったことを一度やってみたかっただけなのだろうと読み取っていたし、それは間違いではない。
 最もクライスが面白がったのは、トレーサーを一人で操っているマイカのエゴが噴出すように見れたことにあった。それは普段大人しい人物が、車に乗るとスピード狂になるのを目撃した時のような驚きだったのである。このニューロノイドの全てを丸裸にするように覗きたいと思っていたクライスにとって、これほど満足する結果はないだろう。

「ははっ、やっぱりマイカはすごいな」

 言葉では単純な感嘆で済ませたが、クライスはまるで蕩けるような愉悦に一人浸されていた。これほどの快楽は、初めて設計したトレーサーが動いた時以来だろうか。
 ソルカノンを操縦しているのはマイカ一人だったが、管制とソフトウェア面での機体調整を常に行っているクライスは常に指を動かしていた。

「あれ……逃げちゃった」

 後一発で撃墜しようと調子に乗っていたマイカは不満そうに唇を尖らせる。
 アーケロンは西の彼方へ飛び去ろうとしており、議事堂街外縁部での戦いは終結しようとしていた。


****************************


「バーボン、トレーサーの破棄を許可する。撤退せよ!!」

 叫ぶように言い捨てたバウアーの汗は滝のように流れていた。
 ソルカノンに搭乗している二人が残酷な子供のように力を振り回していた時、バウアー・ドラッケンは恐慌に陥っていた。

(……何故、何故だ!!奴――ジャン・タークは百足に乗っているのではないのか!?どうして後から来たあの未確認機に奴の影を感じたんだ)

 拭えぬ死の恐怖による心的外傷は、ソルカノンがアーケロンに砲撃した時に開いていた。バウアーのガンナーとしての異常に発達した野生の感というべきものが信号を発していたのである――これ以上戦えば、殺られるッ!!
 その恐慌状況からバウアーを救ったのは少女だった。

「マスター、落ち着いて。もう戦線区域から脱出しているよ」

 航行中だというのに、シートを外れてバウアーの腕を掴んで揺さぶっていたのは、彼のスレイブであるニューロノイドだった。ニューロノイドの動作を監視できるように前方下部にシートが配置されているというのに、バウアーはマイカがここまで来ている事に気付いていなかったのだ。
 数秒してようやく落ち着きを取り戻したバウアーは、何をすべきかをまだ動悸の激しい胸を抑えながら考えた。

「……すまない。どこまで俺は”逃げた”?」
「ポイントC-20辺りかな。指揮車と通信が取れないから正確な位置は不明です」
「神鋼重工領か……大分遠くまできてしまったな。とりあえずILBM方面まで引き返そう」
「了解、マイマスター」


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 あれほどの苦戦が嘘のように、1体のトレーサーが乱入してきたことによって決着はついてしまった。流れを変えた重厚なフォルムの機体は悠然とセンティビートへ近づいていた。雷神はまるで見たことの無い機体に警戒を隠さない――まだ第3勢力の敵であるという可能性が否めなかった。

「前に発表された各企業の第2世代とは違うよな。感じ的にはサイバーメック性なんだが、アンタはどう思う?」

 暢気にしている龍之介を無視し、雷神は視認できる距離にまで近づいた未確認機を見て気付く。このトレーサーの獅子頭は廃棄街で見たトレーサーと同一のものだった。

「黒の革命軍だと」

 ますます訳がわからない。銃口を降ろせぬまま緊張していた雷神を開放したのは、外部スピーカーから流れた声だった。

「オトサン……?」

 舌足らずの呼び方。それはマイカ型であっても、彼のマイカ型である証だった。

「マイカ、なんでこんなところまで来てるんだ」
「やっぱりお父さんだ!!ほら、クライス。合ってたでしょ?」

 飛び跳ねるように歓喜の声をあげるマイカ。

「なんで来たんだ」

 再度、声を低くして訊ねる雷神。彼にとって、大事であるが為に巻き添えを食わないようなところに退避させていた長女がこの場にいることは以外だった。ここにいてはならないと考えてもいた。

「お父さん」
「なんだよ」
「お父さんはいつも勝手だよ。事情を説明しないで消えたら、家族なら誰だって心配するでしょ。ボクがどれだけ心配したかわかってるの!?」
「いや、俺もお前らのことを心配してだな……」
「やっぱりわかってない。お父さんのバカバカバカオタンコナスビッ!!……ふえぇぇええん」
「ナ、ナスビ?……って外部スピーカー使って泣くなよ~」

 感情のままに任せて泣く娘に戸惑う父。そんな構図にブロッケンに乗って動けないでいる龍之介から忍び笑いが内部通信を通して漏れ出ていた。

「とりあえず、ここは危ないから議事堂街までいこう。なっ?」

 恥ずかしさのあまり、雷神はマイカを宥めすかそうとした。数分前までここで死の危機に陥っていたとは思えないような光景は滑稽であり、当人がそれを自覚しているだけに恥ずかしさは倍増していた。

「ここで親子ケンカしてくれたってこっちは一向に構わないぜ?」

 そんな雷神に龍之介は茶々を入れて含み笑いを止めない。

「だーーーっ、クライス、そこにいるんだろ。その機体をさっさと持ってけ!」
「そうしたいのは山々だけど、僕にはこの機体を動かせないんですよ」
「クライスッ、このダメオヤジのいうことなんて聞かなくたっていいんだからね!!」

 まるでシリアスなドラマが、バラエティ溢れるコメディに突如変わったかのよう不可思議のまま、この親子は再会した。もう絶対離さないといわんばかりに、娘は父に暫く話しかけ続けていたのだった。


****************************


 2月15日も終わりに近づきつつある20時、議事堂街北部基地にセンティビートは入場した。
 基地は乱稚気騒ぎに満たされている。まるで祭りの前日のような喧騒に。
 百を超えるであろうトレーサーがそこにある。パワードスーツに身を包む兵士達に至っては千に近い数といっていい。常備軍隊の規模でいうなれば大隊どころか連隊編成ほどの数が集まっていた。
 これだけ集まれば、それはさぞかし賑やかな祭りにもなるだろう。

 この祭りの発端となった男はいつ壊れてもおかしくない百足を降りた。巨大な悪夢を体言した機体を取り囲むように人々は集まる。
 雷神がカーゴをゆるりと降りると、目の前には神鋼重工の将官服を着た女性が立っている。まるで朝起きて顔を洗ったばかりのようなしゃきりとした表情で、かつての上司はジャン・タークに問う。

「ようこそ多国籍軍へ。差し支えなければ官性名を教えてもらおうか……最も、そんなものはここでは何の役にも立たないがね」

 その問いに踵をあわせ、最敬礼をもって雷神は答えた。

「雷神、ただの雷神であります。持つべき官も性も名もありません、何も持たぬ流浪者です」
「よろしい。しかし君、呼びかけておいて遅刻とはどういう領分なんだ」
「申し訳ありません。何分人気者ですので、先程も厄介なファンに絡まれていたのであります」
「よろしい、おおいによろしい。それにしてもずいぶんと久しぶりだな少尉」

 ウラ・イートハーが差し伸べた手を雷神は取る。握手の形で再開を確かめ、――同時に変わった何かを感じ取り――ウラは微笑を浮かべた。

「大佐殿、――旧多国籍部隊階級で雷神はウラを呼んだ――娘が大変お世話になりました」
「アレは実にいい娘ね……おっと、そんな眼をしないでほしい。取って食いやしないわよ」

 まるで宝物を語るようにうっとりとした仕草で娘のことを語るウラ。それをいつのまにか雷神は訝しむように見ていたらしい。
 ウラは親指で自分の背後を指し、「悪いけどここに連れてきた。向こうにいるから、早く顔を見せてあげなさい」と言う。
 指した先にはエステル型のニューロノイドが肩を怒らせている。そのエステルの肩に手を置いているヤヨイは瞼を震わせて雷神を見つめていた。

「親の心、子知らずとはよくいったもんだな。結局皆、最前線に来てたら世話ないじゃないか」
「子の心、親知らずの間違いでしょっ!」

 後ろから飛びつくように体当たりをしてきたマイカを背負い、父は娘達の元に歩み寄った。ウラ・イートハーの横を通り過ぎる時、思い出したように雷神は向き直る。

「大佐殿、報告を訂正させていただきます。何も持たぬと言いましたが、中破のトレーサー1体と3人の娘が私の全てであります……どれくらいで雇っていただけますか?」

 喜劇を真面目な顔でできるという点で、ウラ・イートハーは立派な役者だった。手元のファイルを捲り、査定の欄を真剣に見てから答えた。

「3企業を含む正規軍階級無しのトレーサー操縦者の基本給は500FGだ」

 500FGがえらい高い時代になったもんだ、と雷神は胸の内でとぼけたのだった。


 ……to be continued


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