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RGタイムズ紙 / スポーツの秋?食欲の秋?読書の秋?……それともRGの秋?

そんな秋が来る日は……。 @2004 Alphapoint co., ltd. All Right Reserved.

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雷神家の絆 22話 高度14 「ソルカノン胎動」

雷神家の絆 22話 高度14 「ソルカノン胎動」

 

 ここでクライス・ベルンハーケンという少年に触れておこう。UGE(地下地球)暦110頃――廃棄街育ちの為、生年月日は定かではない――に生まれ、黒の革命軍党員である。異端の才能を数多く排出している廃棄街育ちに例外に漏れず、彼もトレーサー設計技師としての才に恵まれていた。その才は語彙の貧困な者から見れば単純に、天才と称されるほどだった。設計思想の奇抜さながら、現実の条件と摺り合わせて実現へ持っていくことに長けているというのも、武装の限られた黒の革命軍にとって貴重な人材に成り得たのである。
 その才能を除けば至って普通の少年であったクライスが、UGE124年2月に発生したHH侵攻を経て、革命軍に帰還した際に変革を遂げていたといわれている。
 UGE126~129に革命軍内部闘争(血塗れの3年)を乗り越え黒の革命軍を握る存在になり、第二トライアングルライン戦争、地上回帰論政争、逆侵攻作戦、制天計画の鍵を握った中心人物。クライス・ベルンハーケンは黒の革命軍という第三勢力を危うい綱渡りの末に生き残らせた。

 ただ、この少年が変わらざるを得なかったのには事情がある。歴史の流れや運命の悪戯といってしまっては面白くない。確かな必然が雪の日に起きていた。
 この項はその必然に対して深く掘り下げていくこととしよう。

 ――ハルト・ラドウィック著 「初代統一政府誕生の歴史・第2章」序文より。


********************************


 何の変哲もない、ILBM都市部郊外に位置する倉庫郡。その中でも全く印象に残らず、辺りの空気に溶け込むようにしている貸倉庫が一つある。あえて怪しいところをあげれば、露骨なまでに印象に残らないようにしていることであろうか。不可解なほどぼろくもなく、新品のような違和感もない。馴染んだ革製品のように、丁度良い具合にくたびれているのである。知る者が見れば、巧妙にウェザリングのような技術を施していることを発見したであろう。
 内部に入るのは容易いようにみえるが、単純な構造の鍵を差し込んだ先の小さな部屋には、この倉庫の外見からは想像もつかない仰々しい鋼鉄の扉が聳え立っている。馴れた手付きで傍らの端末からキーコード、指紋認証、網膜認証を入力すると、重々しい音をたてて扉は開いた。
 だだっぴろい空間に脚を踏み入れた時、少女は息を呑んだ。

「クライス……これは……?」

 その物体を見上げると無造作に流している髪が頬にかかる。普段の特徴的な髪を縛っているリボンは、今の少女にはない。
 クライス・ベルンハーケンは少女の隣に立ち、同じ方向に視線を定める。

「SR-810H――ジェネラルのボディーパッケージをCM社が研究しているホバー技術に、ILBMの第2世代型トレーサーを参考に改良してみたんだ」

 その他にも彼の得意分野である為か、専門用語がスラスラと並んだがマイカには半分も理解できない。それでもクライスは理解してもらおうと言葉を選んでいたつもりだった。
 クライスが語る目の前の巨人は、少女にとって見慣れない2脚型トレーサーである。
 ベルボトムジーンズを想定させる、裾の部分が広がっている脚部。後はクライスがジェネラルを応用したという言葉通り、その名残が各所に散見されている。但し、ジェネラルが警察用向けの為、誇示するような銀色なのに対して、この期待はゲリラ的な戦いしか出来ない革命軍が開発したせいか地味なオリーブグリーン色になっている。その他にも頭部がアルトオーガの物であったりするのは、金銭面的な理由にもよるのだろう。細かいパーツに統一性がないのはいかにも非正規部隊のトレーサーだった。

「整備状態は悪くないな。なんとかいけるか」

 トレーサーの傍らにある端末を弄りながらクライスは独りごちた。この建物の性質上――未認可でトレーサー規格の兵器を所持することは当然違法である――7メートル程上空に排気の為の換気口が設置されているだけだったので暗い。こっそりと拝借しようと目論んでいたので、建物内部の電気をつけることもできず、端末モニターの明かりだけが浮き上がっていた。
 何かに夢中になっている少年を放っておいて、マイカはペンライトを片手に機体の周りを歩いている。
 別段、このトレーサーは見た目だけでいうなら、アルトオーガやヘルビーストのような奇抜せいはない。脚部のフレア部分にホバースラスターを納めていること以外はジェネラルとさほど変わらないのだから当然といえた。
 ――やっぱり黒の革命軍がサイバーメック社から金銭や技術の供与を受けているって噂は本当だったんだ。

 サイバーメックは5年前の悲劇の日以降にルビコン社の資本を原型として台頭した企業である。それ以前からも警備用パワードスーツのシェアを一手に握っていたが、三大企業の一つになりえたのは悲劇の日以降といっていいだろう。
 最も落ち目のルビコン社の勢力を引き継ぐには苦労があった。神鋼、ILBMの横槍や勢力伸張から身を守りながら新体制を整えなくてはならなかったのだ。
 そのサイバーメックが駆使したのは黒の革命軍のような闇の組織である。これらの組織に裏から資金を供給し、ILBM、神鋼の内部で暴れさせることで邪魔を排斥し、再生を遂げたのであった。
 もちろん表立っての関与は顕にしないのが、暗闘において一歩抜きん出ている所以だった。
 マイカのようなニューロノイドですら知っていたのは、先日の土竜作戦による鹵獲機であるアルトオーガとヘルビーストを調査した結果だった。これらのトレーサーにはあまりにもサイバーメック傘下の子会社による部品が多すぎた。これによってILBMがサイバーメックを激しく非難したことは記憶に新しい――当然、サイバーメック側は捏造であるととぼけたのだが。

 それよりもマイカの目を引いたのは、この機体の武装だった。立たせて整備させるにはあまりにも全高があり、建物が目立ってしまう為に寝かせてある機体の横に3つに分けられた砲兵器。恐らく、繋ぎ合わせれば機体より大きな兵器になるだろう。
 その他にも火砲の宝庫といわんばかりに兵器が転がっている。鹵獲や流用機体以外はどちらかというと軽量化に普請した革命軍機体にしては珍しい、重武装のトレーサーのようだ。
 火砲を確認するように見回っているマイカを見て、クライスは声をかけた。

「この機体はマイカ好みだと思うよ。卵が先か鶏が先かって話になるけど、その重火器を生かす為に設計したトレーサーだからね。ただ出番がなくて、この倉庫にお蔵入りってわけさ」
「ふ~ん。それにしてもこんな出力の火器をホバー機構で用いたら反動で標準を合わせられないんじゃないのかな?」
「ああ、それは足部分に収納されてる固定鉤爪で地面に固定することで対応してるんだ」

 2,3の技術面での質問をクライスに投げかけるマイカ。淀みなく返答するクライスは、この目の前の少女が本質的にガンナーであることを再確認する思いであった。

「乗れそうかい?」

 イレグランスホテルでクライスに泣きついていた少女はどこへいったのやら。新しい玩具を手にした幼児のように満面の笑顔でマイカは答える。

「もちろん。でもボクは乗り心地のいいトレーサーは返さないタイプだからね」
「それはまた、贈り物にしては高くつくな」
「冗談だよ。……ごめんね、無理言って」

 申し訳なさそうにマイカは顔を伏せた。恐らくは革命軍にとって貴重な戦力であるトレーサーを勝手に持ち出すということは、組織内において重大な罪であるはずという気持ちがそうさせた。

「雷神家には借りがあるからね。それにこれは僕の自己満足みたいなものだから、気にしない」

 おどけて両手をあげるクライス。自己満足という言葉に偽りはなかった。しかし彼の諸動作は目の前の女の子を笑顔にする為だけに成されていたから、雷神家の為というと語弊があったのも事実である。
――兄さんが生きてたら殴られたかもしれないな。
 クライスの兄であるマギサ・ベルンハーケンはニューロノイドを徹底的にモノ扱いしようとしていた。廃棄街の人間はニューロノイドを嫌っているものは少なくない。それは労働条件として安価な存在であるニューロノイドに職を奪われたという者が多いことに起因していた。指導者層であるマギサにとってはニューロノイドに厳しくせざるをえなかったという事情もある。
 しかし、クライス・ベルンハーケンは雷神家のマイカの魂と精神を愛していた。愛していたので、マイカ型の姿形を好み、表情を愛し、爪の先まで愛しんでいる。偏執的なまでに全てに心を奪われていた。といっても、彼はそれを表情にすればどう形にすればいいかわからなかったし、言葉にすればもっと稚拙になりそうで悩んでいた。心の奥底に淀むように沈殿する重苦しい感覚と、傍にいるだけで飛び跳ねていきそうな軽やかな感覚の二つが交互しているような状態が続いていた。

 クライスは端末インターフェイスに機械言語を打ち込んでいく。複座型システムから単座型への切り替えプログラム。これが意味するところは、人類にとってあまりにも罪深かった。

「マイカ、この機体は君”だけ”で操縦できるようにしておいたよ。僕は後ろに乗っているだけだ」
「……え?複座型じゃないの??」
「一回、単座型っていうのをやってみたくてね。ビックピッグっていうOSでソフトウェアをつくってみたんだ。巧くいくといいんだけど」

 それまで彼の中で形になっていたある考えが、目の前のマイカに出会ってから固まったことがある。
 ――人にとってニューロノイドは必要だが、ニューロノイドは人がいなくてもいいのではないか?
 クライスは知らないが、ニューロノイドの限界を極めたニューロノイドの一人であるレティシアが過去に語ったことのある思想。その設計思想がこの機体によるニューロノイド専用単座型という形になった。
 それはトレーサーの限界能力を引き出したいという設計者の願望にも繋がっていたが、人をニューロノイドの下に置いたという発想は人類にとって最悪の裏切りである。
 この機体がこういった形で世に出ることが適ったのは、特別な素材と特殊な条件を必要としていた。その全てがこの倉庫に揃ってしまった。
 人類にとっての悪夢がニューロノイドにとってどうなのかは未だ不明である。

「まだ準備がかかるから、これでも見ておいてくれ」

 クライスが投げた記憶片のディスクは放物線を描いて、マイカの手元に収まる。

「なにこれ」
「この機体の仕様書その他。ブルーシンフォニー型のOSとは違うからさっと目を通しておいたほうがいい。端末はそっちにあるの使ってくれ」

 マイカは素直に指差した先にある端末にディスクを入れ、システムを確認する。

「あれ、これ。ヤヨイちゃんの家計簿とインターフェイスが似てるような」

 モニターに目を釘付けにして、マイカは仕様書の表紙を眺めていた。そこでふと疑問が頭に浮かび、少しばかり大きな声でクライスに尋ねた。

「ねえー、クライス。この子の名前はなんていうの?」
「呼称みたいなのはないけど、なんならマイカがつけていいよ」
「やった!!ボクの専用機って感じでいいよね……なんにしようかな~」


 システムチェックと軽い整備をしてから、二人は短時間の眠りに就いた。起きたら一直線に議事堂街を目指そうと挨拶をして。
 役者は揃いつつあり、人の思惑や意思など無視して運命は暴れまわっていた。

 ――明けない夜、暗闇に包まれた朝を迎えて2月15日は始まる。


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雷神家の絆 22話 高度14 「ソルカノン胎動」


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 ILBM本社周辺に位置するトレーサードッグの一つに併設されている事務所がある。鉄筋コンクリートで作られた無骨な建物はドッグと綿密な連絡体制が敷かれており、北部方面に繰り返し出撃する際に設置された機甲部隊基地のひとつだった。
 ハウンドドッグ部隊は現在、激戦区となっている南部辺境地帯から移動してここを対センティビート拠点にしていた。
 2階に設置されているブリーフィングルームで割れるような衝撃音がした。油に浸された木材に火がついたかのような急激な燃え上がりに、周りにいた部下数人はびくりと肩を竦めている。骨が折れるのではないかと心配するほど壁を拳で殴りつけるものがいる。拳の主は怒気を顕に吐き捨てる。

「舐めた真似してくれるじゃないか、ん?」

 バウアー・ドラッケンには裏切られたという思いが強くあった。彼は自分勝手だという自覚など無く、正当かつ当然の怒りであると考えている。
 周囲の目が非難がましくなっていなければ、辺りのものを破壊しつくしていたかもしれない。
 恐る恐る近づくものがいた。バウアーを主人とするマイカ型ニューロノイドだった。竦みあがっている屈強な男達に背中を押されて、渋々といった態は否めない。
(……なんでボクが。貧乏くじもいいところだよ)

「マスター、それでどうするんですか?」
「決まってるだろ。議事堂街の南部方面で待ち伏せして、落とすだけだ」

 バウアーはそれだけ吐き捨てると、壁のハンガーにかけていたコートをひったくるように奪い、自分が座っていた椅子を蹴飛ばしていく。引き止めて細部を確認する勇気のある部下はいなかった。幸いなことにハウンドドッグ部隊の面々は無能でなかったので、それだけでも充分であったことだろう。
 バウアーのマイカは振り返り、呆れ顔で言う。

「……だ、そうです」

 マイカもバウアーを追って――静かにドアを閉めて廊下へ駆け出して行った。
 廊下を猛牛の突進のように徒歩で突き進む自らの主人の背を認め、マイカは横に並ぶ。若干小走りになりながら並列になった時、少女はマスターたる男に尋ねた。

「何をそんなに怒ってるの?」

 横目で自らのニューロノイドを確認すると、バウアーは傷口を抉られたような苦痛の表情を瞬間に見せる。あまりに瞬時だっただけに、見逃してしまいそうだったが、マイカは確実に捕らえていた。短い付き合いだが、主人が初めて見せた表情に戸惑いすらあった。それはマイカを通して、何か遠くの風景を思い出したように見えたからかもしれない。

「トレーサーを暖めとけ。あいつらなら30分以内に準備を終えるだろう」

 バウアーが肩越しに投げかけた言葉は、ぶっきらぼうだった。マイカは振り切られる形で廊下に取り残されたのだった。
 少女が事務所の窓から見える基地のグラウンドにはアーケロンが飛び立つ準備をしていた。


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「ありがとうございます、会長」
「ほっほっほっ。お安い御用じゃよ。3人ほど議員に動いてもらえばいけるじゃろ」

 ソリビジョン通信に移る老体に向かって頭を下げるウラ・イートハー。その老体こそ、神鋼重工に勤めるものなら御神体に近い存在だった。

「して、勝てるかな?」

 神妙な顔つきで訊ねるサイナン翁。

「大言壮語と希望的観測で申し訳ありませんが、勝てます」
「……ふむ。ならばこんな爺と会話してる時間も惜しいじゃろう。2時間以内になんとかしておくとしようか。こちらもこの危機的状況にちょろちょろと動き回る鼠退治もせにゃならん。お互い仕事をしにいこうか」
「はっ!!失礼します」

 サイナン翁の姿が見えなくなった時、ウラ・イートハーは溜息をついた。どれだけ相手が気さくな態度でいても緊張する類の相手がいる。それは彼女にとって先程の老人だった。
 すかさず雷神家のエステルはカモミールティーをウラの机に音を立てない様に置いた。接客業に慣れている彼女にとって、そのタイミングは早すぎず遅すぎず絶妙であるといえた。今のエステルはまるでウラの秘書のように振舞っている。

「良い香りね。ありがとう」

 陶磁器に浮かぶ透けるような金色の液体を口に運び、ウラ・イートハーは緊張から解き放たれたかのように安らいでいた。

「お礼を言いたいのはワタシのほうです。ウラさん直々に神鋼の会長さんに頼んでくれて」
「いいのよ。私は全て納得済みで乗ったのだから」

 雷神の演説を実効に移すため、ウラ・イートハーはサイナン翁に非正規集団を集める為に、議事堂街北部基地の一つを空けて貰うように頼んだのだった。弾薬や整備用機材も完備して、果てに彼ら傭兵を雇い入れるだけの用意も頼んでいる。無論、それは神鋼の金ではなく政府緊急予算で賄うのだが、GVW議会の議席の内五分の二に手を回している翁にとっては容易いことだった。手筈では簡易決済で50億FG程の金が動く予定になっている。
 豪快にカモミールを飲み干すと、ぷはーっと息を吐き出すウラ。多分に傍にいるのがこの少女でなければさすがにこんな飲み方はしないだろうな、と思いながら陶磁器をお盆に置く。
 エステルはカモミールティーを一気飲みした女をまるで珍獣を見るかのように目を丸くしていた。

「エステル、今度から私に淹れるのはコーヒーにしなさい。休んでる暇も、眠っている暇もないのだから」
「はっ、はい!」
「私達も行くわよ。議事堂街へ」
「はいっ!」

 若者のようなせっかちさで女は往く。無謀な勇者達を受け入れる為の場所を作りに。
 エステルはついていくので精一杯だったが、祭りの前のように心踊っている自分に気付き、驚いていた。不安に支配されていた自分はどこへいってしまったのだろうか。首を傾げたが、移動の準備が忙しく、そんな些細な悩みは置き忘れてしまったのであった。


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「予定通り議事堂街エリア26の正規軍移動完了しました」

 銀色の髪を後ろでアップにしている女性が淡々と告げる。髪留めの淡いピンクが栄えており、芯の通った姿勢にすらりとした体躯を包むグレーのスーツが女性の部分部分を際立たせていた。横長の眼鏡は彼女の印象を多分にきつくしており、近寄り難くしている。この時も、見た目は不機嫌そうだったので余計にその印象を強くしていた。――現に不機嫌だったが。

「ご苦労。全く、いつもながら神鋼の翁は強引でしょうがない」

 眉間を片手で摘みながら長身の男は溜息をついて、目の前の女性の労を労った。
 正規軍軍務長官でありながら国防の危機であるというのに、密室で報告を聞いていたカイル・ドライトンは何毎かを訴えるかのように彼の部下――ニューロノイド、ティンクルの眼を見つめている。もどかしい空気が二人の間に流れ、焦れたドライトンはティンクルに背中に手を回した。
 抱きすくめる形になった二人に恋人の抱擁のような熱っぽさはない。小さな方の――といっても女性にしては168センチメートルと大柄である――ティンクルが支えるような形で、宥めるようにドライトンの頭を撫でていた。

「君が止めるなっていうから留まっているけれど、私なんかが軍務長官の座にいてもどうしようもないではないのか……教えてくれティンクル。本当に君の中に答えはあるのか」
「もちろんです、閣下。カイルでなければ、何人たりともこの座に居る価値がありません。貴方でなければGVWの民を守りきることもできないわ」
「僕はもちろん君のことを信じているよ。さぁ、教えてくれ。次は何をすればいい?」

 ――もうカイルは駄目なのかしら。
 以前は独自の考えも持っていたが、ここ1年でめっきり老け込んでしまっている。ここまで傀儡に成り下がってしまうとは賢者であるニューロノイドですら想像していなかった。
 ――果たして自分の力で立ち上がらせるべきなのか?それとも完全に傀儡として操ってしまうべきなのか。
 ティンクルがドライトンに今でも愛に近いものを捧げていることは確かである。無愛想なニューロノイドである彼女を唯一信じてくれるマスターはカイル・ドライトンのみであった。
 しかし、彼女の鋭利で冷徹な脳は囁く。人は衰えるものであり、もはやカイル・ドライトンに前線で働く能力はないということを。立場だけを抑えさせて、権利を操るべきではないのかと。
 抱き合ったまま、ティンクルはドライトンに言う。

「カイル、エレノア湖でグランドールを確認したわ」

 その一言を聞いたとき、怯えの色がカイル・ドライトンの顔によぎった。この軍務長官の権威を危うくした権化は、忘れた頃に怨念を引き連れてGVWに帰ってきていた。5年前には自らの手で生み出した巨人が、ドライトンの結婚したばかりであった一番下の娘を奪っている。
 それどころか現在なお、GVWを滅亡の淵に追いやっているのもグランドールだったのだ。

「怖いんだ、ティンクル。奴を私の目の前から消し去るにはどうすればいい?」
「トレーサーで対抗しないで、レンジャー1個小隊をエレノア湖に配置しましょう。パイロットだけ狙撃して無力化するのが一番の手だと思うの」

 まるで幼児に語りかけるように優しい口調でティンクルは囁いた。彼女は背に回していた手を解き、ドライトンの肩に励ますように力を入れて距離を作る。

「しっかりして、カイル。貴方が命令を出さなければ、私の力だけではレンジャーを動かすことはできないのだから」

 ――本当にしっかりしてもらわないと、あの女を殺すことができないのだから。

 その呟やくような心の声には、はっきりと怨嗟の情がこもっていた。暗く、どこまでも陰湿な底に眠る感覚が頭をもたげてくる。自らドライトンに対する愛情で縛りをいれていたものが、かつて愛した男が病みつつある現状により開放されつつあった。
 ニューロノイドを問わず、ヒューマノイド全体の本能に値する三原則の第二条――ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。――がこの時期、一部のニューロノイドによって動作していなかった。
 賢者と呼ばれたニューロノイドもまた、人類の与えた楔から解き放たれようとしている一人だったのかもしれない。
 この時確かに、主人たる男を傀儡にするのにティンクルは以前ほどの躊躇いを覚えていなかった。


************************************


 暗闇と暗闇の間を縫うようにして走ってきたトラックが、ビル街の喧騒を抜けた辺境に出たところで止まる。トラックの荷台にはトレーサー一台を乗せるのに充分な大きさがあった。ILBM子会社の一つ「ランドクラス」社のトレーサー運搬用車両である。
 開けた荒野の先には寒々しく砂埃が舞っていた。彼女が視線を向けた先には、皆がいるはずだった。失ったはずだった故郷へ、帰るべき場所へ帰る為、少女は先をしっかりと見据えてた。
 トレーサーを覆い隠しているシートを外すと、そこには丸みを帯びた落ち着いた緑の曲線が美しく光る。白髪鬼のように朽ちた男の魂の象徴であるかのような頭部の獅子は何も語らない。

 クライスがトラック内の端末を操作すると、トレーサーの胸部から細長い円筒が滑るように飛び出る。5,6メートル程動くと若干戻り、完全に制止する。
 少女が食事を咀嚼するよりも滑らかに身体を動かし、円筒に吸い込まれるように入った。
 コクピットの中は大人の男性が二人乗り込んでも大丈夫なように設計されていた為か、小柄な長女にとっては手足を伸ばせるくらいに広々としていた。
 ニューロノイド側の操縦系統がシンプルなのは、トレーサー自身とリンクすることで直感的なシステムを体現したためだろう。これならば一人でも充分に動かせそうだと少女は思った。
 数分もすると、クライスが後部座席に乗る。しかしその席は彼自身がシステムから切り離しているので、通信管制以外は操縦に関わることはできない。
 正真正銘、この機体はニューロノイドである少女が単座で操縦できるようになっていた。
 クライスがエンジンを起動させると、トレーサーから白煙が多少噴き出たが――整備不足によるものだろう――しばらくすると静かな動作音に落ち着いた。
 これまた手馴れた手つきで、システムの総チェックをかける少女。
 ――ジェネレーターOK、アクチュエーターOK、推進剤充分、有視界カメラOK。
 グリーンの文字が並ぶ中、細かな警告を示す赤文字を飛ばしたのはご愛嬌だろう。普段ならニューロノイドの彼女といえど、整備兵に文句をいうところだが、今回ばかりはその相手もいない。全て自分の我侭によるものなのである。
 ――大丈夫。ノッカーの時なんてもっと酷かったもんね。
 不安定な機体を動かすために自分に言い聞かせながらアームレイカーを握る。後ろを振り向くと、クライスが準備は整ったといわんばかりに頷いて遠隔操作のスイッチを入れる。すると、トラックの固定器具が外される音がし、トレーサーは自由の身になった。二人は更に起動手順を進めていく。

「なに、これ」

 システムリンクが同調した瞬間、ニューロノイドの少女は言い知れぬ高揚感に包まれた。知識に基づいた正確な操縦をしなければ動かないはずのトレーサーが、まるで自分の身体になったような感覚。今ならば、神経が手を動かせば手が、足を動かせば足が、瞬きをすれば瞬きをしてしまいそうな程にシンクロしているのだ。
 重荷も無く、全能の力を得たと錯覚してしまいそうだった。抑え付けなければ、羽を持った天使のように飛び立ててしまいそうだ。
 性能的には複座型第2世代に及ばない精々1.5世代といったトレーサーだ。しかし、慣れきった機体に搭乗した時にのみ生まれるという同調による全能感が初乗りの段階で生じているのである。
 溢れ出る力は轟々と唸り、動けと乗り手に主張しているかのようである。彼女はその主張に押し出されるように、脚を滑らせていく感覚に身を委ねていく。

「ソルカノン、でるよっ!」

 マイカがソルカノンと名付けた、初のNN専用単座型は誰に見守られることなく、主人の声に答えるようにエンジンの回転数を上げていく。脚部スカートに収容されている熱核ホバー機構が重い機体を浮かせ、滑らせる。
 ソルカノンによって与えられた力にマイカは震えながら、何者も遮る事のない荒地を突き進もうとしていた。


 ……to be continued


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