久しぶりのRGタイムズ。
ここまではいいのですが、次の展開で若干筆が止まりガチ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ニコライはオーサカ署2課にある、形ばかりの敷居で覆われた応接間に通されていた。椅子が6脚ほどと簡易な作りの割に広いスペースを眺めた。おそらく署まで脚を運んだ証言者を周りから隠す役割を持っているのだろう。
ジュニアスクールの学生から募集されたと思われる標語を乗せたポスター「アカン!麻薬、絶対!」をニコライは一瞥した。隣には昨年の交通事故数を載せた紙が張られている。待っている間の暇つぶしのためなのか、掲示物がべたべたと大量に壁に貼られていた。彼はその掲示物に目を通すほど暇を持て余していた。――コーヒーがあれば気が紛れるけどな。ないならしょうがない。彼は暇になった回路を果たしてこの事件はどこで収まるのだろうか、ということに思案を巡らせていた。
パメラというニューロノイドの記憶メモリーを手に入れて、解析させればこの事件は解決である。
そういう意味ではすでに終わった事件といってもよかった。後はパメラを利用して粛清を行った相手がどう出るかに尽きるといっていい。探偵は脳を刺激するように赤い癖っ毛を混ぜ返した。
――パメラの奪還を目論むとしたら、このオーサカ署を強襲する? いや、まさか。やれないことはないが、そんなやり方では警察を完全に敵に回してしまう。……とすると、この署内にすでに自らの手のかかったものを潜ませて……。
「名探偵、久しぶりだな」
その思考を遮るように、敷居の入り口に立っていた男がニコライに声をかけた。横柄にも座ったままのニコライを気にせず、ボブスン警部は対面の椅子に腰を下ろした。
「……それで、今回はどんな面白い話を持ち込んでくれるんだ?」
「たぶん聞けば面白いでは済まされないでしょうけどね。興味を抱いていただけるのは結構なことです」
ニコライ・カラマーゾフはボブスン警部の糸杉のような目を見据えた。それだけでボブスンには対面の相手が伝えたいものを少量なりと感じ取っていた。降参するようにボブスンは肩をすくめる。
「もちろん。仕事が増えるならノーセンキューだがな……それで用件はなんだ?」
「……先日起きたビジネスホテルでの薬売人殺害事件について、証拠品として差し押さえているニューロノイドの記憶メモリを検証してください。それを見ればこの事件は解決します」
「記憶メモリだって? ああ、そういえば、調べていなかったな。どちらにしろ解析したところでニューロノイドの記憶では証拠にはならないからな」
「わかっています。それでもその記憶メモリを映像に変換すれば、ヨネヤマ・マサオを拘留しつづける気にはならないでしょう」
「……ふむ」
ボブスンは腕を組んで考え込んだ。それも数秒のことだった。よし、と右膝を小気味のよい音を鳴らして叩くと、立ち上がる。
「わかった。どちらに転んでも裏づけになるだろう。それにあの事件は容疑者を、絞っても絞ってもすっきりしなかったからな。はっきりさせておこうじゃないか」
「感謝しますよ。出来れば今すぐ取り掛かっていただきたい」
「もちろん、どういうことかは説明してもらえるんだろうな?」
「記憶メモリを確保次第、すぐにでも」
ニコライからすれば、この記憶メモリさえ確保できれば勝負はあったようなものだ。厳重な監視下の元におけばアノフェレスとて簡単に手出しはできまい。
話がまとまれば簡単だった。ボブスンはニコライの期待に応えて、早急に科学捜査班に検証手続きを取ってくれたし、自らパメラを保管場所まで連れて行こうと請け負ってくれた。
――全く、昔は私のいうことなんか全く聞いてくれなかったものですけどね。
パメラを”収納”している証拠品保管室へ向かう最中にニコライは思い起こす。本来、探偵に捜査を横槍されて喜ぶ警察関係者はいないのだが、幾つかの事件を解決し、手柄を担当刑事のものにすることで彼は実利主義者には喜ばれていた。ボブスンもその一人である。
探偵と職業上、名声を重視する為に手柄を声高に喧伝したいところなのだが、ニコライ・カラマーゾフは基本的に裏の世界の仕事を請け負うことが多い為、表世界で有名になっても困るのである。名声なんていう不確かなものより、金銭を確保するほうが大事だと日ごろニコライは執事のヨセフにも言っている。
「あれ、扉をあけっぱなしにしてやがる。誰だ、こんな杜撰なことをしてるやつはいったい!!」
証拠品保管室の前でボブスンが怒気を顕にしてあげた声にはっとした。――嫌な予感がする。否、もはや予感の域を過ぎていたといってもいい。それは起きてしまったのだ。こちらの動きよりも、素早く。
ボブスンが扉の取っ手を握り、ドアを開く。ニコライは思わず祈りたくなった。ボブスン警部がつけた明かりが扉の隙間から漏れる。
「……いない。パメラが消えた!!」
くそったれ!と壁に拳を叩きつけたくなる衝動を「やはり」という落胆で相殺し、ニコライは冷静さを保とうした。――すでにアノフェレスの手がかかった警察関係者がいるということか!
見えない敵が社会の隅々に病巣のように蔓延っている図を想像して、これは厄介なことになったぞとニコライは頭を抱えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ロビーに面して開けた自動販売機の横でヒビの入った壁を背にクライスはグリーンティーを、リリスはオレンジジュースを飲んでいた。事件に首を突っ込みたがる素人が二人も増えたのでは事件担当刑事の心象が悪くなるということを慮ったのである。入り口には形ばかりの権威を示すかのように手を後ろに組んで仁王立ちしている警官が2名いた。
二人は特に会話を交わすこともなかった。リリスの全身から発される見えない怒りが不機嫌の態となってクライスに口を出させなかったということもある。
入り口には制服を着た警官もいれば、私服の一般人も数多く通っていた。
「シアタイプ……」
リリスが呟いた言葉の先にはパメラと同タイプであるシアが辺りを気にするようにして、小走りで入り口へ向かっている。おどおどしているニューロノイドを門番である警官が厳しい目線で追うが、シア型は顔を伏せて外へ出て行った。リリスはそのシア型を後ろ姿が見えなくなるまで目で追っていた。
リリスはそのシア型に奇妙な印象を覚えた。そこでなんとなくオレンジジュースに口をつけ、眉を潜める。
「このジュースすっぱい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇