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RGタイムズ紙 / スポーツの秋?食欲の秋?読書の秋?……それともRGの秋?

そんな秋が来る日は……。 @2004 Alphapoint co., ltd. All Right Reserved.

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RGタイムズとヨネヤマの危機 その16 全てを捧げしものへ③

RGタイムズとヨネヤマの危機
その16 
全てを捧げしものへ③


最終話です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ここにパメラがいるのかな……」
 リリスが呟くようにいった言葉の先には古びた小さな店がある。街角によくある定食屋といった店構えの態だった。
「道中でパメラに会いませんでしたから、あるいは」
 クライスが脅し取った情報からすれば、ここがクーロンシティーにいるアノフェレスの人間が溜まる場所だという。
「どっちにしたってパメラを捕まえなくちゃ話は始まらないよ、ニコライさん」
「ここまで来てしまったのならクライスさんとヨセフを待ったほうがいいような気もするんですが……ってリリスさん!?」
 クライス、という単語が気に触ったのか、リリスは店に足を踏み入れようとしていた。
「……まいったなぁ」
 そうなればニコライには追わざるを得ない。正直舌打ちをしたくなったが、はしたないとニコライは堪えた。
 辛そうな匂いの漂う、見た目の赤い豆腐が入った料理が湯気をたてている。満海楼という看板を掲げた店の中に入って、それがまずニコライの目についたものだった。
「何名様ですか?」
 息を切らせて店に飛び込んできた二人の客を怪訝そうに見ながら、この店の看板娘であろう三角巾で頭を覆った少女が型通りの問いをする。
 ニコライはさっと店内を見回す。客は6名ほど――ただし誰もが筋肉質で鋭い眼光を放つ労働者といった態だ。物々しい様子の客にはじめは視線を向けていたが、今は全員黙ってニコライの様子を伺っている雰囲気だった。
「いえ、ちょっとお尋ねしたいことが――」
「あっちだね」
 リリスが店内の奥にある扉を見て、足早に駆け抜ける。「ちょっとお客さん!!」と呼びかけるソバカス娘の声を背にして、急いでニコライも後に続く。
 ニコライの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。直感が彼に訴えかけている――不味い、これは非常に不味い、と。敵が待ち構えているであろう場所に、正面から突っ込むという流儀はニコライの好みではないのである。
 リリスはそんなニコライの思惑に構わず、勢いよく裏口へ続くであろう扉を開け放った。すると、気持ちの悪い生温い風が頬を撫でた。それは裏口を出てすぐ左手に位置する壁際に設置された換気扇から送られてくる店内の熱気だった。
 扉を開け放って1歩。リリスは急に立ち止まる。ニコライもその横に立ち、リリスの視線の先を追う。
 整頓されていないゴミが積まれている、ちょっとした開けた空間の中央にそれは人型をしていて、かつて胸を高鳴らせて躍動していたもの――パメラと呼ばれていたニューロノイドの抜け殻があった。
「……え?」
 リリスは呆然としている。
 ニコライは自らの嫌な予感、というより確信が当たっていたことに顔をゆがめる。
 落ち着かない空気が彼の隣に、そして――
「――危ない!!」
 背後から聞こえる銃声と同時にニコライがリリスに飛び掛る。リリスの目線の先にあったダンボール箱に穴が開いていた。
 ニコライは素早く立ち上がると、店のドアを挟んで射手と対峙する。銃口を向けているのは、先ほど注文を伺いに来た少女だった。白い三角巾と緑の花柄のエプロンに、拳銃。なんとアンバランスな、とニコライは笑い飛ばしたかったが、彼らを狙った少女は至って無表情だ。
「貴方がそこのガラクタを追っていた人ですか?……悪いけど、ちょっとばかし話を聞かせてもらうわ」
 TX-118、通称ドロップと呼ばれる、少女が持つにはあまりにでかい銃が店内の蛍光灯の光を鈍く反射させる。
 少女の背後では6人の男達が席を立って一斉に銃を握っていた。あまり信じたくはないが、やはりあの男達もアノフェレスの手のものなのだろう。
 ニコライはリリスを庇う姿勢を取りながら後ずさる。背後に道はあるが全速力で逃げるにはあまりに狭い。ニコライの袖を掴むリリスは僅かに震えている。
「大丈夫ですよ」
 ニコライはそっと小さな声で後ろに向けて言う。ただし言葉ほどにニコライも余裕があったわけではない。
 ――どうする?……ニコライ・カラマーゾフ。
 ニコライは自分に問いかけた。護身用の銃を抜いて抵抗するか。
 ――いや、駄目だ。懐に手をいれようとすれば、目の前の少女は容赦なく自分を打ち抜くだろう。
「……どういうことですか?」
 とりあえず隙をつくることだ。そう考えたニコライは能面のような顔の相手に話かけてみる。
「とぼけないで。そこのガラクタの記憶メモリをどこにやった」
 その質問を聞いた時、ニコライの脳の中を彗星が駆け抜けるが如く閃くものがあった。
 ――なんでもいってみるものだな。まだ敵もパメラの記憶メモリを確保していないとは。
 ニコライは活路の明かりをそこに見出す。ヨセフなどが見れば笑ってくれるだろうな、と思いながら口の端を歪めてみせた。それは眼前の少女から見れば余裕綽々の憎らしい表情になっているはずだ。
「その銃口を収めてください。パメラの記憶メモリは私からの連絡がなければ即座にオーサカ署のボブスン刑事に届けられる手はずになっています。……そこで貴方に話があってこちらまで来ました」
「話……?」
「ええ、私もヤクザモノの探偵なものでね。その記憶メモリを……条件次第では売ってもいい」
 その言葉を聞いて、背後のリリスが一瞬身動ぎしたが、ニコライが力を入れて押さえつけると静かになる。
 油断なく銃を構えていた少女が煩悶した時、ニコライは動いた。懐に手を入れ、銃を構え、引鉄に指をかける。その間、コンマ3秒。ニコライの動きにはっとして、同時に店の少女も銃を向けなおそうとしていた。
 これは賭けだった。提案などハッタリにすぎないのだから、ばれれば逆上して撃たれるのは目にみえていた。それならば一瞬でも隙を作って勝負に出たほうがいい。ニコライはそう考えていたが、向こうもこの深い闇がたゆたう街で生きている人間だ。怯んだものの、条件反射で動いている。その為、僅かに――ほんの僅かに遅れが生じていた。
 このままでいけば敗北者はニコライ・カラマーゾフになるはずだった。しかし、そうはならなかった。
「――っな!?」
 空から何かが降ってきて、店の少女が声にならない声をあげる。
 それは人の形をしている何かだった。
 滑るように舞い降りた乱入者はまるで衝撃などないかのように音もたてずに着地し、しゃがみこんだままこの世界に重力などないかのように、軽やかな動きで手首を動かして何かを――どこにでも転がっていそうな石を投げる。鋭く放られた石は少女の銃を持つ手にぶつかり、狙いが逸れる。
 ニコライとリリスの背後で2度目の銃弾を受けてダンボールの中身が崩れ落ちる音がした。
「ちょっとこの登場の仕方って、ドラマみたいじゃない?」
 突如現れた女は茶目っ気たっぷりにウィンクを交えて、自分に割り振られた役割を心底楽しそうにしている。ジーパンにプリントシャツ、それに色鮮やかなボンボンがついたニット帽の女は一見、若者が集う場所で歩いていそうな格好をしていた。
 肩で梳いた髪が軽やかに跳ねている女を見て、リリスは仰天した。
「レティシア!!」
「はいはい、手のかかる弟子を助けに来たレティシアさんですよ」
 それだけ言うと、一瞬レティシアは挑戦的に釣り目をニコライに向けて、飛んだ。
 レティシアは瞬きをする間に、未だ混乱している少女を掌で顔面を殴りつけて薙ぎ倒す。
「伏せろ!」
 ニコライは銃を構えて、混乱しながらもレティシアに狙いをつけていた男に――今度は遅れずに命中させる。
「やるじゃない」
 視線の意図を察していたニコライに、レティシアは素直に礼代わりの言葉を送る。ニコライは次の目標を探すが、それ以上の援護はレティシアには必要なかった。縦横無尽に電光石火の如く駆け巡り、目にも留まらぬ速さで掌底を繰り出して、彼女より遥かに大きい男を昏倒させる。
 敵も狭い店内での同士討ちを恐れて自由に銃を撃つことができない。レティシアはその逡巡を突いて、あっという間に満海楼を制圧してしまった。
 ――数十秒で店内は足の折れた椅子やら真っ二つに裂けた机に意識を失った大の男達によって散々な有様に変わり果てていた。その中央で原因そのものである女は手首をぶらぶらさせている。
「レティシア、どうしてここにいるの?」
 全てが終わってからリリスがレティシアに駆け寄る。あまりの展開の速さについていけず、どのような顔をしていいのかわからないままでいるリリス。
「あたっ!」
 そんなリリスが近寄ってきた瞬間、レティシアはデコピンをお見舞いする。
「あにすんのっ!」
 綺麗に入ったデコピンの痛みに額を押さえてリリスは蹲いながら抗議する。
「あんたねぇ……ジャンの傍で何を見てきたのよ。ただ突っ込めば物事が解決するなら苦労しないわよ。そのハムスター以下の脳みそでもうちょっと考えなさい」
「むぅ……いきなり説教」
「そんなことより、言うことがあるでしょう?」
 リリスの文句を受け流し、右眉をあげて冷ややかに見つめるレティシア。それに対してリリスは反論するほど捻くれてはいなかった。
「無断で練習さぼってごめんなさい……」
「それと?」
「……ありがと、レティシア」
「よろしい。帰ったらいつもの倍しごきで勘弁してあげる」
「えー、素直に謝ったのに」
「3倍にしてほしいのなら、それでもいいわよ」
「おにー!」
 ――何がなんだかわかりませんが、私は助かったようですね。
 ニコライは目の前で繰り広げられているじゃれ合いを見て、胸を撫で下ろしていた。そして彼の中で最後の登場人物が現れたことで全ては繋がろうとしている。
「リリスさん、私にその方を紹介してはいただけませんか」
「あ、ニコライさんは始めてなんだよね。いちおうボクの自称師匠のレティシア」
 時間にして3秒ほど、リリスがあけた空間の間で二人は遠慮なく、無言で互いを観察していた。
「うちの馬鹿弟子が迷惑をかけたようね。私からも礼を言うわ……それにしても貴方、なかなか腕がいいわね――固茹で探偵さん?」
「いえ、貴方には遠く及びませんよ」
 その謙遜にレティシアは当然よ、といわんばかりに踏ん反り返っている。ニコライには知る由もなかったが、ニューロノイドが人間に劣っているなどという考えはレティシアにはなかった。
 そんな傲慢な女に握手を求めて微笑みかけるニコライ。あまり気の乗った様子ではないが、レティシアも手を差し出す。その手を掴み、ニコライは少しばかり力を込めて、レティシアの目を見据えて告げる。
「貴方ですね、パメラの記憶メモリを持ち去ったのは」
 銃口ではなく、言葉で突きつける。レティシアは突きつけられたものに怯むことはなかった。ただし、彼女がニコライに(というよりも例外なく人類全てに)向けている侮蔑を解き、興味深そうにしたのは、そんな言葉を突きつけられたからだった。
「ええ、そうよ」
「高速道路でパメラを足止めした1時間、その時ですね?」
「お察しの通り。今頃はクラリサがオーサカ署に送りつけてるところかしら」
「なるほど」
 ニコライは納得したように、レティシアの手を解放する。
 二人のやりとりを傍で聞いていたリリスは首を傾げて尋ねる。
「それじゃあパメラは……生きてるの?」
「器さえ用意してやればね。あんたがボディーを変えたのと同じ要領で元に戻るわ」
 そこまで言って、胸を撫で下ろしたリリスは何かに気付き、首を傾げて言う。
「あれ、ニコライさん」
「なんでしょう?」
「ボクたちのやったことって――無駄足だったってこと?」
 ニコライはリリスの言葉に顔を歪める。それはリリスが始めてみた、ニコライの心の底からの笑いだった。今回の事件において、あらゆることを推理してみせたニコライ・カラマーゾフだったが、最後の最後で道化だったことを教えられて、笑うしかなかったのである。
「遺憾ながら」
 世の中、ままならないものだな。と、ニコライは心底楽しそうに首を竦めたのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 満海楼でレティシアが大暴れしていた頃、クライスとヨセフは件の店に向かっている最中だった。クライスもまさかリリスがいきなり飛び込むなどと予想はしていなかった――当然、こちらの到着を待って準備した上で乗り込むと思い込んでいた。リリスに訪れた危機をクライスが知っていれば、血相を変えて走り出していたに違いなかった。
 あの暗くじめじめとした小路を抜けて、華やかな大通りに戻ったというのにクライスの顔は晴れない。むしろ先ほどいた場所のほうが落ち着いていたのではないかと、ヨセフは思っていた。
 行き交う人を避けながら満開楼の方角に足早に歩いていると、携帯端末が鳴る。初期設定のコール音はニコライ・カラマーゾフからだった。
「はい、ヨセフです……はい、はい――わかりました。もう近いので、そちらに向かいます、では」
「どうしました?」
「何やら、無事に記憶メモリは確保できたらしいです。詳しい事情は向こうに着いてから聞きましょう」
「もう慌てる必要もないってことですね」
 こうして全てが終息へ向かいつつあるのを実感し、ゆるりと歩こうとした刹那――クライスの目を引く者がいた。
 この夜の街の中で酔気に染まらず整然とした態度で歩く一人の男がいる。容姿端麗、美麗衆目。人の目を惹き付けてやまないのは、その男が持つニューロノイドのように隙のない美しさでありながら、そういった完璧な美しさが持つ無機質な面がなく、むしろ生気に輝いているからだろう。
「ここも引き払ったほうがいいな。連中が乗り込んでくる前に手はずを整えておいてくれ」
「了解しました」
 男はその声も期待を裏切らない、まるで耳に心地よく残る落ち着いたものだった。
 だがその男がクライスの目をひいたのは、そういった外面上の要素ではなかった。彼の纏っている雰囲気が、クライスの兄――かつて黒の革命軍の指導者だった男に酷似していたからである。
 冷酷であり、破滅を望みながらも、どんな人間よりも最も生に満ち溢れた、そんな雰囲気をすれ違った時に濃厚にクライスは感じ取っていた。
 暫く、クライスはじっとその男の背を見つめていた。
「クライスさん、どうかしましたか?」
 そんなクライスにヨセフが声をかける。するとクライスははっとしたように気を取り直す。
「いえ、なんでもありません。……行きましょうか」
 クライスにはその男こそが、この事件の首謀者だということは知らない。仮にクライスがその事を知っていたとしても、記憶メモリを取り返した今、何もしなかっただろう。クライス・ベルンハーケンとは、そういう少年だった。
 ――さて、どうやってリリスに謝ろうかな。そのことに思いを巡らせながらクライスは歩き出す。
 クライス・ベルンハーケンとリリス・タークの安息をかけた小さな戦いは終わった。
 だが、深く、濃く、熱狂の色を帯びていくこの街の夜はまだ終わりそうにもない――。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


<エピローグ>

 空気は澄み、冷たい風が心地よい。俺は久方ぶりのシャバの開放感を身体を伸ばしながら味わう。
「お疲れ様でした、ヨネヤマさん」
 隣では俺を救ってくれた恩人、クライス・ベルンハーケンが労いの言葉をかけてくれる。このままでいけば俺は確実に殺人の罪でブタ箱行きは確定していたかもしれない。まだ全ては終わったわけではないが、拘留期間中に無実を証明できたのは実にありがたかった。 
 あれからボブスン刑事は記憶メモリを確認して、捜査の方向転換を図り、一転して俺は解放された。アノフェレスという組織がニューロノイドを用いて行った完全犯罪はニュースでも騒がれたので、今やGVW中に知れ渡っていることだ。
 何よりもこの事件に驚いていたのは、GVW政府だった。役所のあらゆる場で行われたであろうアノフェレスの手による不正の数々が明るみに出て、警察も一斉摘発、捜査を始めようとしている。しかしクーロンシティーのアノフェレス勢力はクライス達が奮闘したあの夜に、綺麗さっぱり消えていた。乗り込んだ警察が掴んだのは残りカスばかりだったという。パメラの記憶メモリ奪回に失敗した時点できっぱりと撤退することを決断したのだろう。
 後はパメラの記憶メモリを解析し、アノフェレスの実体を掴むことが出来れば俺の疑いは完全に晴れるはずだった。
「よし、クライス。今日は俺のおごりだ。シャワー代わりに酒でも浴びようじゃないか」
「はは、ボクはいちおう未成年なんですけどね……それに」
 クライスは後ろをちらりと見る。そこには何故かは知らないが元気のないリリスが俯いたままついてきていた。
「やるべきことがあるので」
 そういって、クライスは苦虫を潰したような顔をした。喧嘩でもしたのだろうか?
「一発ケンカをやるのだって、まあいいさ。でも覚えておけよ。いつだって折れるのは男なんだ。それだけ忘れなければ円満にやっていけるだろう」
「へー、たまにはいいことをいうじゃない。へっぽこマヌケ記者」
 俺は思わず情けない声をあげるのを飲み込んだ。ずっと前を見て歩いて、まばたきすらしていなかったのにレティシアのやつがいきなり前に現れる。上からも横からもスライドした形跡がないってのに、どうやって――?
 クライスも目を瞬かせていたが、口を閉ざして黙っていた。
「ま、若者同士の痴話喧嘩なんか放っておいて、飲みには私がつきあってあげるわよ」
 レティシアはれ馴れしく、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべながら俺の肩に手をかけてくる。
「俺の財布で……だろ? 何が悲しくて、自分の祝い事を自分の財布で祝わなくちゃいけないんだ。それにお前は高い酒を水のように飲むし――」
「はいはい、男なら細かいことはいいっこなし。さ、いくわよ」
 やたら肩に力を込めるレティシア。なんだか痛い。
「ってちょっと待て、どこにつれていくつもりだ、やめろ、なにをっ、ひぃぃぃいいいいいい」
 このまま馬鹿力の女に連行されて、なけなしのプライドを犯されて、財布の中身をも奪われるのは明白だ。
 俺は神にこういってやったんだ。
 ――これで出番は終了なのですか?ってね。
 頷く眩しく後光を放つ、神々しい何かの姿を薄れゆく意識の中で見ながら俺の声はフェードアウトしていくのだった――。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ………。
 レティシアに連行されたヨネヤマ・マサオの声が、オーサカ署の玄関口からフェードアウトする。神出鬼没な登場と同様にして去っていったレティシアに呆気に取られていると、いつのまにか少年と少女はぽつんと取り残されていることに気付く。
「あははっ、なんなんだろうね、あれっ」
 まるでコメディのような退場の仕方に、リリスは思わず笑いをこぼしてしまった。
「全く、わけがわからないな、くっくっくっ……ははっ!」
 クライスも笑った。彼の場合はリリスの笑みに釣られた結果だったが、それでもおかしかったのだ。
 笑っている二人をオーサカ署の玄関口で立っている警邏が怪訝そうに見た。それに気付いた二人は顔を見合わせて、こみあげる笑いを堪えるが、流れ出るものはそう簡単には止められない。二人は腹を抱えて、うずくまりそうになっていた。
「あー、笑いすぎて涙出てきた。こんなに笑ったのって――」
 そこまで言って、リリスはふと遠くを見るような目つきになる。
 クライスには崇拝している少女が、今何を考えているのか、手に取るようにわかる。それは彼女が父と呼んでいた人間のことであり、妹と呼んでいたニューロノイド達との楽しい日々のことであろう。最も大切な者を失い、別離してから1ヶ月も経っていない。
 リリスの中にはその思い出が未だ色濃く残っている。そのことがクライスにとっては歯がゆくもあった。
 突如、クライスの手に温もりが触れる。それはリリスの小さく細い指先だった。
「ねえ、クライス……」
 ためらいがちに揺れる指を、クライスは握る。予想外のクライスの大胆な所作にリリスは驚いて肩をびくりとさせた。恐る恐る握り返し、二人は手を繋ぐ格好になって、自然と駅へ向かう。
 そのまま数分、通り過ぎる無人車の音を背景に、二人は手を繋いだまま歩いていた。続きをなかなか話そうとしないリリスだったが、クライスは急かさなかった。二人はただ前だけを見て、足を動かしている。
 二人はすぐ近くにいるのに、お互いを見ていない。二人を繋ぐものは手から伝わる温もりだけだ。 リリスの風に揺れる毛先や、柔らかそうな頬をいつものクライスなら胸を高鳴らせながら眺めているというのに、今はそれすらも視界に入らない。
「クライス」
 リリスはもう一度、感覚の先にいる少年の名を呼んだ。
「うん」
 クライスは確かにここにいる、ということを示す為に短く返す。そのことに安心して、リリスは続けた。
「……クライスはなんで、ボクの傍にいてくれるの?」
 道路から車が途切れ、街の喧騒も届かない場所で、数歩地面を蹴る音が場を繋ぐ。クライスはリリスの問いに、僅かばかり手のひらに力を込めた。
「ただ傍にいたかった――それだけじゃ、駄目なんだろうか。……言葉で説明できるような、感情じゃないんだ」
「そう」
 ただ漠然と一緒にいた二人はその理由を問うことを避けていた。全てを失ったばかりのリリスには余裕がなかっただけなのだが、ふと目覚めれば隣に自分のことを守ろうとしている少年の存在に気付いた――それで何故隣にいてくれたのか。そう問いたい気分になったのである。
 クライス・ベルンハーケンのほうは遥かにその事情は複雑である。ただし、”このこと”だけは確かだった――
「聞いて。ボクはクライスに感謝してるよ。きっと、クライスがいなかったら、ボクは立ち直れなかったし、傍にいてくれただけでも嬉しかった。ボクはクライスのことが好きだと思う」
 そういった次の一歩で景色が広がる。先日降り立った駅の広場に、二人は帰ってきたのだ。帰ってきたものを優しく受け入れて、旅立つものを迎え、見送り続ける駅という場所はまるで故郷のようだとクライスは思いながら、リリスの言葉を聴いている。
 二人はそこで、立ち止まった。
「でもね、クライスは本当にボクの傍にいるだけでいいの?」
「わからない、でも、君の傍にいられるだけで楽しいのも確かなんだ……リリス?」
 手を握ったまま抱きついてきたリリスに、さすがにクライスも驚いてた。クライスの胸に顔を埋めて、リリスは肩を震わせて――泣いていたのだ。
「迷惑だって……重いって……ぐすっ、わかっているけど……ずずっ……何も言わないでボクを独りにしたりしないで」
「迷惑なものか……約束する。リリスが嫌っていっても、傍にいつづけるよ……ほら、顔をあげて」
 クライスの胸に身体を預けたまま、顔をあげたリリスの鼻は真っ赤で、瞼は腫れぼったくなっている。クライスはポケットにいれていた少しくたびれたティッシュを渡した。そのティッシュでリリスは鼻を噛むと、泣いてしまったことに照れた表情でクライスを見上げた。
「えへっ……いきなりごめんね。やっぱりクライスは優しいね」
「……そうかな?」
 クライスはリリスの顔をまともに見ることができなかった。それはリリスが真の意味でクライスの心理に気付いていないことでもあったし、裏側(時に表の顔)を知られたくないという臆病心もあった。
 この事件はクライスの気持ちを重く塞ぎこませるには充分すぎた。パメラが見せたマスターへの献身は、ニューロノイドの性を嫌というほどクライスに教えたからだ。
 クライスはそのことが意味する重要な面に気付いてしまったのだ。
(……リリスが僕に好意を持つことはあっても、愛することはけして、ない)
 ニューロノイドは感情を持っている。確かに全員が全員、マスターを愛するわけじゃない。けれどマスター以外の人間を愛することはない。パメラが真のマスターを愛し、偽のマスターであったショウゴ・ヤサカを憎しみぬいた点にその事実は象徴されていた。例えヤサカがどれだけパメラに優しかったとしても、この事件は起きていたことだろう。
 それでも、とクライスは頭を振った。
(例え報われなくとも構わない。僕は彼女を崇拝している。リリスは僕の全てを捧げるに足りうるのだから)
「クライス、かえろっか」
「そうだね――帰ろうか」
 二人は家路につこうとしていた。彼らの力で守ったひと時の宿木、RGタイムズへ。
 この先、何が待とうとも、クライスはリリスに全てを捧げるという誓いを忘れることはないだろう。例え幼い二人にどのような困難が訪れるとしても、今はその決意だけで充分だった――。
 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 開け放たれた窓から温かい日差しが差し込む。そよ風がレースのカーテンと、女の長い睫を揺らしていた。
 ベッドの上には腹部の上で両手をあわせて、仰向けに眠る者がいた。ウェーブのかかった長い金色の髪は陽光に透けるように輝き、白皙の頬にはほんのり赤みがかっている。年の功は二十歳後半くらいだろうか。生きる西洋人形のような女を、ベッドの傍に椅子を置いてじっと眺めているものがいた。
 穏やかな視線と、爽やかな風に揺られて、女の瞼が震えた。閉じられていた瞼がゆっくりと開く。真珠貝のように開いた瞼の中に隠されていたのは、血を溶かしたような対の紅玉だ。長い眠りから覚めたような、寝ぼけたままの顔で、女は自分を見つめていた存在を確かめ、紅の瞳の焦点をあわせ、微笑んだ。
「おかえりなさい、ニコライ」
 そういって、女はニコライ・カラマーゾフの癖のある毛先に指を伸ばし、触れる。くすぐったそうにしてニコライは右手を彼女の頬に重ねてから返事をした。
「ただいま――フィリア」
「貴方は私に三日ぶりに会うのでしょうけれど、一緒に眠って、目覚めれば貴方が傍にいて、まるでひと時も離れていたような気がしないの」
「それはそうだ。私はずっとこうやって、君の寝顔を眺めていたんだからね」
「ふふっ、本当に貴方は嘘つきね。……ところで今日は何日?」
「3月37日……付け加えるならば、午前10時」
「ねぇ、ニコライ。私、最近こう思うの。今は繰り返し時は流れているのに、次に目覚めるときは、永遠にこないんじゃないかって」
「そんなことはないさ」
「いいえ、真面目に聞いて。創造主はこう言っていたわ――どんな物事も終わりは必ずやってくる。輪廻などけして存在しない。だから来るべき時の為に、常に選択の道を、覚悟を定めておかねばならないと」
 フィリアは、そのか細い手でニコライの腕を掴み、身を起こす。そしてフィリアは紅玉の瞳でニコライを捕らえて、はっきりと告げた。
「もう少しで、やって来るわ。冥府の王による裁きの時が。その時が来て、立ち上がるものがいなければ貴方が――選択者になって」
「この私に人類全ての答を背負えと?」
「あるいは、貴方は必要ないかもしれない。――でも、誰もが選択を拒むなら、ニコライ・カラマーゾフの意思で決めてほしいの」
「全く、私としてはそんな機会が訪れないことを祈るばかりだ」
 三日ぶりの目覚めから覚めて突きつけられた命題にもニコライは動じない。
 真剣だったフィリアはそこでふっと表情を緩め、まるで母が子にするかのようにニコライを抱く。
 ニコライ・カラマーゾフにも休息が訪れようとしている。それが短いものになろうとも、今だけは何も考えずに安らぎの中で眠ろう――そう思い、フィリアの腕に抱かれてニコライは瞳を閉じた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


三日探偵シリーズ第1弾
「RGタイムズとヨネヤマの危機」

(完)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

<あとがき>

 なんとか終わることができました。RGタイム(ry
きっとヨネヤマ氏は今頃、マイブームのモツ鍋をつつきながら、高級酒を呷るように飲むレティシアを見て、財布の中身を確かめていることでしょう。

 とりあえずこの作品の目標は雷神家シリーズであまり描かれなかったクライス・ベルンハーケンに焦点を当てた上で、ハデスへ向かっていく話のキー人物にバトンタッチさせることでした。それは後付結果としてニコライ・カラマゾフが受け継ぐことで軟着陸したようで。
ただニコライのキャラをあまり立ててあげることができなかったのが残念なところ。謎だけ残す為に出演してもらったようなものかもしれませんね。

 ちなみにこの話は途中でクライスとリリスのもどかしいシーンを書いていて発狂しそうになったヨネヤマがオチをブラックなものにしようとして、なんとか抑えました。多くは書きませんが、最後の文をこれを書く30分前まではこうしようと思っていました。

 ――――ダレカ ワタシ ヲ コロシテ

 いやー、怖いですね。人をウトゥー(鬱のライトな自作表現、マイブーム)にさせるのはあまりよろしくないので、あえて隠して省いたオチがどんなものなのかは皆様の想像にお任せします。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

<解説>

 ヨネヤマRG世界観は繰り返される4ヶ月において、人の種としての限界と、ニューロノイドが高等知能生物として優性種なのではないかと感じ始めている人々の物語です。
積極的にその考えを醸成させているのがクライス・ベルンハーケンであり、ニコライ・カラマーゾフ(こちらはあまり描かれていないが)でもあります。
 レティシアなんかは極左的発想でニューロノイドを完全に優性種と見做して、ある事件をきっかけに(そのへんは雷神家シリーズを参照)その考えに例外を認めなくなりました。人類は役割を終えて、ニューロノイドに全てを譲り渡すべきだという考えです。
 無論、人類の大半はニューロノイドを労働力、またはトレーサーを動かす為の道具としか見ていません。アノフェレスやGloenbled(?)はその代表格でしょうし、むしろクライス達のほうが人数で見れば異端といっても差し支えないほどに少数派であるといえるでしょう。
 ヨネヤマRG世界(妄想)は今後もこうしたニューロノイドと人の関係、距離感を主題において進んでいくと思います。

暇があれば、またちまちまと続きを書いていきたいものですね。
賛辞は最大級に、批判批評はお手柔らかに、粗探しはノーセンキューで感想をお待ちしております。

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