RGタイムズとヨネヤマの危機 その2
「オープニング」
――こんな簡単なヤマ、さっさと片付けてしまいたいですねぇ。ヨー・ボブスン刑事は目の前の殺人犯を横目で見ながら嘆息した。扉の横の小さな机にはノートタイプのPCを打ち込んで調書を取っている刑事が黙々と仕事に専念している。否認を続けている容疑者と取調べを行っているボブスン刑事との間に無言の溝があった為に、部屋にはタイプ音がカタカタと響くのみだった。
取調べ室は、民間の間に放映されているように薄暗く、ライトを容疑者に向けて自供するように脅すようなことはない。無論、合成肉培養カツ丼も頼めない。
凶器についていた指紋、動機、犯行が可能だった場所にいた唯一の”人間”。これだけ揃っていれば、後は検事に任せておいても裁判で勝てないわけがない。極め付けに、これは裁判において証拠にはならないが、こちらの捜査を裏付けてくれる証言者もいる。否認するだけ時間の無駄というものだ。
ついに黙秘しはじめた容疑者を前に、ボブスン刑事は同僚に声をかけて、部屋の外に煙草を吸いにいった。
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嘆息したいのはこっちのほうだ。いつのまにやら俺――ヨネヤマ・マサオは殺人犯になっていたらしい。目の前にいたキツネのように細い目をしている細身の刑事が席を外してから、耳の奥底を空気が渦巻くような音がした。ザクリ、ザクリと耳鳴りがする。自分では意識していないが、ストレスが溜まると、日常から常に聞こえているこの音が気になってしまう。
取調べに対するビデオ開示制度が出来てから、よくある暴力を伴う自供脅迫は無くなった――無論、形だけであり、重要な事件では警察が証拠ビデオを揉み消してしまうこともあるらしいが、幸いなことに、今回の事件は政治的な要素はないので通常の手続きを踏んでいる。
不味いパンと牛乳、硬い煎餅布団にオレはいい加減辟易していた。なんとか知り合いに連絡を取って、拘束が長期に及ぶようなら差し入れしてもらいたいものだ。
6畳ほどの部屋は中央にパイプで出来た机が一つ、パイプ椅子が二つ、対面になるようにセットされている。そして扉の横には小さな机が一つ。その上には書類と調書作成用のパソコンが所狭しと配置されている。その広さに、多いときは俺に取り調べ刑事が二人、調書作成しているやつが一人と計4人もいれば狭苦しいものだ。それでも今は二人しかいないので、寒々しく無機質なものだった。
後、何時間、この無意味な取調べを受ければメシを食えるのだろう。そう思いながら時計を見ると、まださほど動いていない長針にオレは軽い絶望を覚えた。
扉が安っぽい音を立てて開く。一服済ませたらしいボブスン刑事は、調書を作成していた同僚に「できたか?」と聞く。未だ紙で作られている調書を無言で同僚は渡し、ボブスン刑事はただでさえ細い目を更に細めて内容を確認している。
よし、と同僚の肩に手を置くと、ボブスン刑事はオレのほうに歩み寄り、一枚の紙片を狐の笑みで渡した。
「とりあえずこの調書にサインしてください。 刑期も短くなるし、ヨネヤマさんの弁護士さんが上手くやってくれれば情状酌量もつくかもしれませんよ」
そう、煙草臭い刑事がこの言葉を吐くまでは楽観視していたのだ。けして犯していない罪で裁かれることなど。自分”だけ”には、そんな不条理がふりかかるわけがない、と。
ボブスン刑事の差し出した調書には要約するとこう書いてあった。
――全て私がやりました。
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……続く。
次回
RGタイムズとヨネヤマの危機 その3 「証言者」